明らかにして気づくことだが、共に連れたって歩 くことによって『それ』が顕著に現れてしまっている。


とことことことこ。
とったとったとったとった……


「じ、じゅ……っ」
「は?」
息も絶え絶えに掴んだ手をぎゅっと握った。そしたら声を掛けるのが先であったからスザクはすぐに止まってくれて、
それに感謝しながら、ルルーシュは動悸の激しい胸を押さえて顔をあげた。そうか、いつも自分がついてきてもらっていたから
気づかなかったのか。

彼との歩くスピードが合わない。
スザクの脚は長い。

……そして。
「すいません、速過ぎましたか?」
「そ、そうだけど……、そうじゃなくて……」
此処が駅の中でも激しく人通りの多い場所だからだと思うのだが、手を繋ぐ距離にあっても声が届きにくい。
ルルーシュは頭ひとつ高い彼の耳まで背伸びして、同時に両手をしっかりとスザクの腕に回した。
「何?ルルーシュ」
出かけ用に『殿下』という呼び名を封じてる彼の口が、自分の名前を呼ぶ。
それに、背中がふわりと浮くような嬉しさを感じながらも、ルルーシュはそっと辺りを窺うように眼を鋭くし、
交番近くでスザクのほうをにやにやと見ている女子の集団をひと睨みした。

眼だけでもすぐ解る。あの女どもは自分の臣下に声を掛けようとしているのだ。

まさかルルーシュのような連れがいるとは、人ごみなどが要因して気づかないのだろう。
フン、と鼻を鳴らしてくるりと身体を反転させ、ぐいぐいと掴んだ准尉の半身を引き摺っていく。

「ちょっ、何ですか突然。行きたいとこ決まったんですか?」
「違う。こっちの方向に行きたくないだけだ!」

子供が駄々をこねるような声でひと吠えした。准尉は鈍いのか自分の外見に気づかない。あのままルルーシュが居ると
気づかれないままであったら一体どうなっていたというのだろうか。

彼が自分以外の誰かの傍にいる?


そんなの、許しようはずもない。





(その感情がどこから来るどんな種類のものかはまだ判断がつかなかったけれど)

ただ彼のことを、今日一日は『ルルーシュ』として独占しようと思った。














































スザクは歩きながらも伝線したタイツのことをいたく気にしていた。ルルーシュは別に目立たない股下の部分のものであったから、
途中で立ち寄ったコンビニの中でも『いい』と首を振ったのだ。
それでも准尉が『それは駄目だ』と言って、本当は欲しかった生クリームプリンは買わずに、新しいタイツをレジに出してしまったのだ。
ルルーシュはそれに『馬鹿がー!』とまた吠えて、本当の子供のようにぶんぶんと腕を振ってコンビニから飛び出す。
それをスザクは驚くほど素早い所作で会計を済ませ、半分涙目になりながら傍の公園まで逃げた自分を追いかけて掴まえたのだ。
「貴方ね、また走って更に酷くなったらどうするんですか、そのタイツ!」

「んなもん知るか!俺はプリンが欲しかったんだ。プリンを買ってくれれば伝線のひとつやふたつ気にならなかったんだ!
俺は皇室では食えないあの庶民的なプリンの味が大好きだったんだ!知ってたくせに!」

急に立ち止まったり、方向転換したり、また子供のように無茶を言い出したり。

一喜一憂よりも回転のはやいルルーシュの機嫌に、スザクは眉をへの字に下げて嘆息する。タイツひとつにしたって、放っておいていい
裂け具合ではないのだ。今日は何故か彼女はスカートを履いてくるし、気分のアップダウンは激しいし、
どんな風に振舞ってどう優しくすればいいか解らない。
そしてそれが顔に出てしまっていたのか、ルルーシュもスザクと同じような顔になった。
眉をへにゃりと下げて、紫電の瞳を横に伸ばし沈黙する。難しそうな顔をお互いにして、しばし見詰め合った。

(うまくいかないな……)
(……俺、ガキみたい)

普段皇室では、エリア11の中では、こうじゃなかった。主君と騎士。その図式にピタリと嵌るほど自分達はそう在っていたし、
今みたいに追い掛け回したり、向かい合って怒鳴ったり、……手を繋いでコンビニなんて入らなかった。
ああなんかもう殆ど崩壊してしまっている。悲しいほど自分たちはいつもと違うことに焦っている。
「そうだなあ……」
先ほどから我儘押し通しなルルーシュの前で、ふうと息をついて腰にスザクは手をおいた。
公園一帯には家族連れと恋人、友達でスポーツなどをしている風景が広がっている。
が、ある一箇所。真ん中にシンボルとしてある塔の影に、誰も腰掛けていないベンチがあった。
まずは其処に主君を座らせて履き変えてもらおう、とスザクは胸の内で頷いて、俯く少女へと振り返った。
「ルルーシュ」
なるべく声のトーンを優しくさせて、腰を屈める。すとん、と腰を落として覗きこまなければ、
(いつの間にか)俯いた彼女の表情は見えなかったのだ。
「……何」
すべてが面白くなさそうな声が返ってくる。自分の何がルルーシュをこうまで下降させたのかが解らない。
「あの、あそこにあるベンチで、ひとまず休憩しようかな、とか思うんですけど」
「まだ歩き始めたばっかじゃないか」
「だって貴方、破けちゃってるまんまじゃないですか。そんな人を連れてる僕はどこから見ても変態ですよ」
なるべくおどけた調子で言ってみる。いつもの自分たちであればこんな軽口がいつまでだって続いていた。
だから、今日も(状況は違うけど)そんなものであると安心していたのだ。
期待していた、ルルーシュのムキになって返すいつもの言葉を。だが、

「じゅっ、准尉に連れられてる俺よりも、普通に歩いてるお前のほうが、周りから……っ」

------------どういう意味だ?

はっと翡翠を開いて凝視するも、見つめる先に居るのは顔を赤くしたルルーシュだけ。
彼女の頬は寒さになのか、怒ってそうなってしまったのかは解らないが、いつも以上に感情を露にしていた。
「それ、どういう事……」
「や、その、あ、の……どういうこと、って……言ったまんま、なんだけど」
足を覚束なく揺らして、石のタイルを踏む。スザクがいつも目を合わす彼女の視線は伏せられていて、じっと見上げてくる
彼と合わすことはけしてしない。

それは多分、本当に、本当に『人』を独占したいと思ったから。
女が声を掛けようか、と算段している光景が信じられなかった。それに不愉快さを感じるのを不思議にも思わず、
自分は彼を強引に方向転換させて、腕を強く引っ張っていった。今は、離されているけれど。
叶うなら。
「誰にも見られないとこが、いい」
視線を向けられているだけで、とられてしまう気がするのだ。
彼が人に対して関心がないというだけでなく、一方的にでも向けられてるそれに、腹が立つ。
「市街は、総督として……見ておかなければならない大事な場所だけど、叶うなら、もっと二人で居れるとこが、いい」
「……」
「さっき駅で、不逞な女どもがお前のことじろじろ見てた」
「……(不逞な、って)」
「あのまま直進してたら、あいつら絶対准尉に声掛けてた」
「……(僕に?)」
「気づいてなかっただろうと思うけど」
そりゃ破れたタイツのことで頭が一杯でしたからね。
そっと胸の内で呟いて、スザクは背筋を伸ばし拳をぎゅ、と口元に当てた。
嬉しい。
ルルーシュが自分の口で『〜〜が、したい』と言ってきたのだ。しかもそれが自分に関連したことなら尚更嬉しい。
そして鈍いことに、自分がどういう主旨で腹を立てているのか理解していない。その様子が、たまらなく可笑しいと思う。
胸の底にしとしとと水のように溜まっていくものを、けして枯らさないようにしよう、と顔を上げた。
「わかった」
「へ?」
再び彼女の白い指先をとって、するりと甲の辺りを撫でるように包んで、また指先を絡めるように繋いだ。
ルルーシュはまだ顔を赤くして、自分を見る。スザクもルルーシュを見つめた。
「殿下は最近解り易いですね」
「--------え」
「ううん、深く考えなくていいですよ。はは、どうしよう……考えたこともないくらいに気分が高まってる」
独り言のように呟いて、また『ふふ』と笑って、引き連れる彼女の要望通りなるべく二人だけで居られる場所へ
向かおうと、入って来た門を目指した。
ルルーシュも珍しく満面の笑みになるスザクの顔を後ろからまじまじと見上げて、ふわりと羽が浮くように笑う。
そして、『本当に今日だけ』と自分と誰かに言い聞かせて、ルルーシュは目の前の黒いコートに横から張り付いていった。
片手は繋いだままで、背中に擦りつけるようにニット帽の頭をつける。
「っ……?」
自分の突然の接触に准尉はついていけなかったのか、取り残されたように立ち止まってニット帽を振り返った。
胸が、スザクが言った『高まる』とはまた違う、何か速いものに打ち付けられてる感触がする。でもそれはけして痛いものではない。
もしかしたら、誰かに甘えるというのは、こういうものなのかもしれなかった。
感情そのままに体当たるように。

「准尉」
「何ですか、甘えたですね、今日は」
「だって今日は休みだもの」
「そうですね……いや、そうか」
「准尉が俺を甘やかすからだ」
「まあ女の子だし」

またくすくすと笑ってスザクは前を向いた。それをじ、と目線だけあげて覗いてみる。
これから何処に行くか、連れてかれるかもわからなかったが、手を繋いでるだけでいいようにも思えた。
英国で、彼を最初に掴んだのもそうであったから。



































「会長ー!カレーン!こっち空いてるよー!」
給仕に入店を拒否されたかと思いきや、遠く禁煙席の仕切りがしてあるパネルの裏で白い手が動く。ブンブンと振られるそれは
客の数の多さに圧倒されて別のとこに行こうか、と話し合っていた時には既に消えていたシャーリーのものだった。

休日でもあるし市街に出よう。そう言えばカレンは政庁であった式典にも用事で来れなかったよね?

にこやかにミレイとシャーリーに微笑まれて、軽くでもないがふたつの腕に身体を引き摺られてきたのが此処、
何でもないホテルロビーのレストラン。
本当は今日も騎士団のアジトに篭っていようかと思ったのだが、身柄を押さえられてしまってはカレンもどうしようもない。
二人の前で全くもってつまらなさそうに席について。
学園の生徒との用事ではいつものパンツスタイルで居られないから酷く動作が億劫なのだ。
気づいたら足がガバリと開いていることもある。元々幼少の頃からも制服以外では短パン姿であったから
こういう『ただのお遊び』的なものには弱い。座って顔を見て話をするものの何処が面白いというのだろう。
「カレン、折角席取れたんだからもっと楽しそうにしようよ」
「……そうね」
「さすがシャーリーと言おうかしらね。洞察眼といおうか視力が獣並みと言いましょうか。よくぞ見つけてくれたぞ。褒めてつかわそう」
「えへへー、有難うございます会長〜。私このケーキにしようかな」
案内する前に席に座られた給仕は、唖然となりながらもメニューを渡して奥に消えていった。仕切りのパーテーションを背に
座る二人、シャーリーとミレイからはフロント側が見えない。
カレンもシャーリーに素の表情を指摘されながらもコホンと咳をついて、メニューに視線をやった。というか、デザートよりも
横のホットドックやドリア関係に目がいってしまうのは何でだろう。悲しいくらいに自分は女らしくないという証明なのだろうか。
「美味しそう……」
ぽそ、と口元で呟いて小さく息をつく。その様子をチラリとミレイに見られてもいたが、それには気づかなかった。
「たまにはこんな風に外に出かけるのもいいものよね。式典以来ずっと学園に入りっぱなしだったから」
「私は水泳部にも行ってましたけどねー。なんか、あの式典の時の!黒い仮面でしたっけ?あのテロリストの集団が
租界の方を中心に活動してるとか。だから今日まで外出も出来なくって、フラストレーションで死にそうになっちゃった」
「今は軍でなくポリスのほうがやっきになって探してるけどね。一応私もあの後残って、色々調査してる光景を眺めてたりしたんだけど
……なんかその結果がややこしいことになってるみたいでね」
「そう、だったんですか」
カレンは式典の時はずっと屋上で、政庁の方を眺めているだけだった。
あれは、フェイクではなくゼロ本人から『枢木スザクを留めておけ』と言われて、あの場所に呼び寄せたから、
実際に騎士団がどうしたのかは解らなかった。カレンが後日聞いたのは、駆けつけた枢木スザクの負傷に、フェイクで使われた
騎士団員の死亡。多分ミレイが言っている『結果がややこしいこと』とは、その団員の遺伝子鑑定のことを指しているのだろう。
カレンの背筋が嫌な汗に震えた。今二人は華やかな場所でメニューを見ながら、普通に自分の真の居場所である
騎士団のことを話している。
まだ何も素性を知られていないカレンだけれど、きっと知られる日が来るのだろう。既にもうあの男、総督の騎士であるスザクには
バラしてしまっているのだから。
と、カレンが俯いた顔をあげた時、そこに今思い返していた人物が黒いコート姿で歩いていた。
三人で腰を下ろしたのは、外側の通路を見通すことが出来るガラス張りの席。丁度店の置くの隅であるからか、
曲がり角からやってくる人々の顔から足まで目にすることになる。カレンは大きく口を開け、わなわなと全身を震わし
手元にあった紙ナフキンを咄嗟に握りしめてしまった。
「カレーン、力入れてどうしたの?お腹痛い?」
「あら、やけに動揺してるわね。私たちに気遣わないでホットドックとか選んでいいよ」
(違うわ!)

向かいに座るミレイとシャーリーからは見えないだろうが、普段学園で見る姿とは違う枢木スザクが、
一人の女の子を連れている。

仲良さそうに小柄な彼女の手を引いて、行きかう人ごみから守るように身を寄せて歩いている。穏やかに笑う姿は遠めからも確かに
見えて、……しかもおまけに手を繋ぐ彼女のほうも仔細に見ることが出来てしまった。
毛糸のニット帽を目深に被って、落ち着いたトーンのカーディガンに下はそれに合わせた濃い目のスカート、腿から足先までは
ぴったりとしたストッキングという出で立ちである。
いや、もう服装とかはどうでもいい、問題は顔だ顔。あの帽子で隠せてるつもりだろうが、日光に反射する紫電の存在は
確かにブリタニア血族の人間だという証明で、カレンには、いやカレンだから枢木の連れてる女の正体が解ってしまったのだ。
(あいつ、……なんで総督と街中を歩いてるのよ)
しかも楽しそうに。あんな自然に笑う枢木の素顔は、見たことがない。多分ミレイもシャーリーも。

カレンは給仕が注文に来たのも気にせずにテーブルから立ち上がり、『失礼します』と挨拶も適当に店から出て行った。
後ろから『おーい』と声が聞こえるが構わずポシェットから携帯を取り出す。自分はハーフだから、と許されたその
半端なブリタニア人の象徴であるそれに、副指令へと繋がる短縮ボタンを押した。















『二人きり、って言っても、とくに思いつかないんですけど』
と自分の腕を引きながら振り返ってくる翡翠を見上げて、ルルーシュはしばし俯いて考え込んだ。
そしてざわざわと耳にうるさい人ごみの中で、小さくだが声にだして『じゃあ……』と希望を呟いてみる。
准尉は一度大きく瞳を開いて、次にやんわりと視線を緩やかにして、無言で前に向き直った。

そして暫く二人して歩いて行った先、先日ルルーシュが初めてエリア11に赴いたその時に命を落とした”元総督”が建設した、
クロヴィスランドに到着した。

営業も終了し、重い鎖と南京錠により入場も制限されている。

ルルーシュがやって来て、ナナリーが殺害するようなことが無ければ、まだ多くの人々が集まってくるレジャー施設となっていただろう。

白や黄色、赤を貴重とした奇抜な装飾の入場口の下で立ち止まって、繋いでいた指先を振りほどいた。

「どうしてこんな場所に?」
「一度は来てみたいと思ってたんだ。……クロヴィスが、如何にしてエリア11を作っていたかを」

それは死んでいたと思っていたナナリーと再会した時。ルルーシュはスザクに停戦命令を出したことをとても強く叱られて、
『自分一人でどうにかせねば』と単身、シンジュクゲットーに潜り込んだのだ。
結局は名も知らぬ白い装束の女に助けられ、准尉に迎えに来てもらったのだが……、あの時に、ゲットーが封鎖され市街になる前に見た
”租界”と”ゲットー”を分ける海。ルルーシュは夕焼けに照らされる崖に立ちながら、それを切なく見ていた。
白い女は、緩やかな口調で『ゼロが解ったか』と聞いてきた。しかしルルーシュには解らなかった。ナナリーが復活してクロヴィスを殺し、
租界とゲットーを分ける海を作ったこと。あの光景が弟の内面のすべてを物語っているというのに、姉でもあり一度は殺そうとした
自分は、それを認められなかった。このエリア11という国には、そうゆうものが溢れ返っている。それらを何一つ理解出来ない自分が
歯がゆかった。
「それは、多分、俺がよわいっていう事なんだと思う」
「……え」
昨夜の話に繋がることなのか、スザクの視線がルルーシュへ向く。が、それには応えず前を見たまま、続けた。
「ナナリーが俺に言ったのはそういう意味だ。ナイトメアを操縦する能力がとか、適性だとか、そういうものじゃない。
ただずっと受身でいた俺のことを、あいつは糾弾していたんだ。ナナリーが俺に向けるのは姉弟間の執着というより、
もっと高い城みたいな場所から民衆を見下ろすような、そんな……」
それは一番准尉が、スザクが嫌うものだ。
ルルーシュもそうで、だからお互いに手をとって一時的にだが繋がった。主従として。スザクは本当によくしてくれているけれど
ルルーシュ自身は利用することしか頭に無かった。-------当初は。当初はすぐにでも捨てるつもりでいた。

欲しかったのは准尉の”能力”だけだったから。

「俺も、兄君やナナリーと、同じ生き物だったんだな」

顔を上げるのは怖く感じられたが、俯いたままではいけない、と神経を奮い立たせ紫電をあげた。
そこには、きっと黙っていてくれるであろうと思ってた通りの彼がいて、また戸惑って顔を伏せてしまう。
「殿下」
それを、今度は准尉のほうから否定するように、離した手を繋がれた。胼胝だらけの歪な掌が温かくて。
「------……っ」

また泣きそうになった。

「准尉が、」
かならず言おう言おうと貯めていた言葉を、頭で考えて紡ぐにはまだ気持ちが足りなくて、真っ直ぐに見てくれるその翡翠に甘えて
しまいそうになって。
「お前が」
何度も彼の背中で練習した。もう三年前の約束なんてクソ喰らえだ。自分はもう、彼をただの騎士として見れてない。

不逞な女集団が彼を見ているのがたまらなく嫌だった。

隣を歩く為に小走りになってしまう自分の小さな歩幅が、もどかしく感じられて。

本当に女になったみたいに、彼の腕にしがみついた。

自分で作った檻の中に居るのが一番楽だったのに、
人間はどうしたって誰かとの境目に壁がないと生きてけないと思っていたのに、
エリア11に来たときに彼に抱かれてから、彼が檻の中に入ってきてから、
『自分はそれとは違って、変わったんじゃないか』と思うようになってしまった。

『変われた』、と。







「……ッス、ザクが……」

逃げ腰になろうとする身体を繋いだ手に引かれる。驚いた彼の表情が少し非現実的なものに感じられた。多分それはルルーシュが
見たこともないほど、彼が驚いたという証で、尚更恥かしくなる。名前を呼ぶだなんて今更だろう。やっと呼ぶ気になったんだ。
-------ようやく、ちゃんと自分と向かい合おうと。
「スザクが……」
きっと顔は真っ赤になってる。
「スザクが俺を『女』みたいに扱うから」
それでも構わないと思って、言葉を、
「……こんな風に、弱いまんまでもいいんじゃないかって……」
まだ昔のことは忘れられない。
加害者のほうであるルルーシュのほうが、被害者のナナリーのことを恨んでいる。
『王国を変える』と言ったのは、ブリタニア皇族全員が嫌いだったからだ。彼の手を強引に取ったのも、体のいい駒として使おうと
決めたからだった。
なのに、

「思っ、……思って、しまうようになったじゃないか……。今みたいに、いや、もうずっと前から、そんな風に人として優しくされると
そうされる分だけ俺は、すごく悲しくなって、醜い自分が嫌になって……。嫌いになってもらおうと薬もして、ナナリーの話もしたけど
お前は俺に対して何にも変わらなくって。もう、俺のほうが耐えられなくなって、--------名前を呼んじゃったじゃないか。
お前の名前を呼んじゃったじゃないか……!」

涙ではない、多分少しだけ湿っぽい、そんな叫びのような訴えを口にしてみても、何も伝えられてないような気がしてた。
それを緩和するように、固まってきた筋肉を解すような動きで長い腕に囲まれて、すっぽりと頭が彼の胸に納まる。
抱き締められるのはもう何度もあったことだけど、今だけはそのどれとも違うような気がしていた。
(准尉の)
彼の胸も熱い。
「……ごめん」
何故だか知らず、謝罪の言葉が口から出た。
「何で謝るんですか」
「お前には支えてもらってばかりだから」
「これからもですよ、……出来るかぎりずっと」
「……」
ふ、と顔をあげて見たスザクの表情は穏やかなものであった。つい最近、彼が自分を庇ってくれた時も、平手で打ちつけて叱ってくれた時も
こんな風な表情を見ることは叶わないとルルーシュは勝手に思っていた。けれど出来るのだ。ずっと見ようとしてなかったのは
自分だ。
(よわいままでも)
いいんじゃないかと思えたのは、准尉が本心を現し始めた頃からだった。
強くならなくても、もういいだろうと何処か安堵したのは昨晩、彼が『こんな奴でもいいのか?』と問いかけた自分に対し
『イエス』とまた短く返事をして傍にいてくれた、あの夜。

彼が、騎士としてでなくスザクという人間としてルルーシュの中に根付いた。

「スザク……」

「弱くないと、僕が居る意味がないでしょ?」

腕が解かれて、すぐに手首を持ち上げられて唇を寄せられた。びくっと一瞬肩が強張ったが、すぐに温かい接触に緊張はほぐれてく。
「ああ」
そう、彼が言ってくれてる間は、たとえ自分が嫌いなままでもスザクだけは特別に見ていようと思った。
彼だけが自分の『中にいる』存在なのだと、思えて。

口付けられた指先は熱を持っている。後ろにそびえたつ廃墟は、ただ冷たかった。こんな世界も、租界とゲットーを分けられた海も、
もう見たくない。
ナナリーを殺すにしても止めるにしても、捕まえるのは自分だ、と確かにそう思えた。

真っ直ぐな色に変わった紫電をみて、スザクは微笑む。その視線に照れるようにしてルルーシュはまた顔を俯かせた。
ぽんぽん、と彼の手に黒髪が撫でられた、と思ったその時には、スザクの逆の手は自分の顎にまで伸びていて。
角度を合わせるようにして目を伏せたルルーシュは、スザクとのその接触に慣れてきたというのを知った。

「っ、ん、ふ……」

足の裏半分、地につかないほど背伸びして、侵入してくる舌に瞼を震わせた。支えるように腰に回された腕は羞恥心しか感じない、
けれどこちらから、ルルーシュのほうから初めて『離したくない』と思って、縋るようにスザクの肩に指を食い込ませた。

「も、お前はすぐにそうして……」
「大丈夫。誰も見てませんよ」
「俺が言ってるのはそういう事じゃないっ」
ぼかっと対していい音もしない打撃を頭にぶち込んだ。すぐにルルーシュは赤面した頬のままスザクから身を離して、
小さく笑いだした彼の傍からパタパタと走り去ろうと背を向けた。
「ルルーシュ!」
その背中に声が飛ぶ。しかし止まろうとはせず、クロヴィスランドの入り口側にあるレストルームまでいって崩れた顔を直そうと
駆け出していく。
「あの、」
「ばーかっ。化粧直すだけだよ、待ってろ!」
「……はあ」
いつになく自分自身のタガを外してしまった気がして、その恥かしさもあって彼のそばに居ることが出来なかった。
だから顔に集中した熱と、泣きそうに浮腫んでしまった目元がどうにかなるまで離れていようと思った。



クロヴィスランドの前でスザク一人を残す。


一緒に市街に出て一番気をつけなければならないことを、その時は舞い上がりすぎて失念してしまったのだ。



































「准尉?」
ハンカチを片手に、セシルとヴィレッタにされた化粧を落として戻って来たルルーシュの前に、スザクは居なかった。
身体に残るのはキスされた時に抱き締められた温もりのみ。錆び付いたような匂いがして足元を見てみれば、
そこには大量の血痕が、生々しいまでにクロヴィスランドの入場門を彩っていた。
「………え、」
理解出来ない、というように片手がくしゃりと自分の髪を掻き毟る。准尉が居ない、スザクが居ない。待っていろと言った彼が
その場から忽然と消えていた。






『弱くないと、僕が居る意味がないでしょ?』



-----------------------彼のいない自分は一体なんだと言うのだろうか。