解放と同時に虚脱感が全身を蝕んだ。
腹内にスザクの熱も感じられ、自分の欲を吐き出してすっきりしたはずなのに、
言葉に形容できない感覚にひっと小さく喉が鳴って、ルルーシュはまるで事切れるように
シーツと背中から覆いかぶさったスザクの間に挟まれて意識を手放した。

次に訪れたのは、温かいシャワーの水が頬に当たってる感触。どうやらあれから暫くした後
意識を失った体を担いで一緒に風呂に入ってくれてるらしかった。
でもルルーシュには覚醒しても言葉を紡げるほどの余裕はなくて、自分を片手で支えながら、
首や肩に温かく湯をかけ撫でてくれる優しい感触にうっとりと目を閉じるだけ。
それ以上の言葉はいらないと思った。

-----------朝になって、また意識を失っていたらしい体は今度こそは起きざるを得なくなる。


ガバッと跳ね起きた瞬間目に入ってきたものは、ベッドの前に置かれた御盆とそこに乗った器とお粥。
そして洗濯された衣服と荷物が揃えて座布団の上に置かれてあった。だが、そんな準備をしてくれた
とうの本人の姿は無くて。


昨日の彼の状態を思うと嫌な予感しかしなかった。


ルルーシュは手早く支度を整えて荷物を抱えてスザクの部屋を出た。持ち主に許された合いカギはまだ
自然と鞄の中に納められてある。それを戸締りする時に見て、昨日の行為に及んだスザクの気持ちを知って
また言い様のない気持に胸が締めつけられた。
ルルーシュを抱こう、と思ってしてくれたことだったなら、
目覚めるまで傍に居て待っててくれたら、よかったんだ。

乱暴に戸締りを済ました鍵をズボンのポケットに入れて走り出す。
隣に住んでるらしい家族と階段ですれ違ったが、相手はスザクではないと知ると
あからさまに妙な目で見てきた。だが気にしない。べつに今日限りの来訪じゃない。
この部屋は、これからだって訪れるかもしれない場所だったからだ。
























そっとやさしさのなかで死んでゆく。
















----------------本当はね、
私のこと庇ってくれたの、嬉しかったんだよ。


藤宮詠子は当初、スザクの幼馴染だった彼≠ノスザクのことで逆恨みして暴力を振るわれた。
だが彼女はそのことを嫌に思うこともなく、中退を決めた自分を引き留めることもなく
ただ苦笑で見送ってくれた。その後、やはり彼女のことを好きだったらしい彼≠ェ告白し
スザクの知らないところで付き合うことになったのだが、
世の中とはおかしなもので、スザクが別のところで幸せになり始めた所で
藤宮に不幸がやって来る。

彼≠ェ死んだという報せは、寝耳に水だった。

早朝。ルルーシュの服を近くのコインランドリーで乾かし終えて部屋に戻ってくると
携帯に実家からの着信があってすぐにとった。何の用だ、と思ったら昨夜スザクも参った
彼≠フ墓のことで。冠婚葬祭ではないが一族や近親者の葬儀はすべて取り行っているらしい
枢木神社の運営において彼≠フ名前を見つけた、と。もし忙しくなかったら一度ちゃんと
御両親にも挨拶に行ったほうがいい、とご丁寧にそんなことを言われた。
「僕が手伝うことはなにもないんでしょ?」
「まあ、そうだけどね。でも子どもの頃仲良かった子なんだから」
「大丈夫だよ。ちゃんと、花は添えに行くから」
きっと実家に息子を連れ戻す口実くらいにしか考えてないんだろう----------母の性急な申し出に対して
スザクの態度は淡々と静かであった。
ルルーシュの穏やかな寝顔を見つめながら通話を切って、その枕元に膝をつく。
口元にまで下がった黒髪を耳に梳くいあげて、晒された白い額に軽く口づけて、数回その頭を撫でた。
ルルーシュは多分自分の藤宮に対する思いを知ったら許しはしないだろうが、
もう過去のことをずるずる引きずって、今のルルーシュとの関係まで壊すことはないようにしたい、とは
スザクの譲れない思いだった。
「行ってくるよ」
撫でていた温もりからそっと手を離す。
必死に名前を呼びながら、昨夜、スザクを一人にはしないで居てくれたその存在に微笑みかけて
足音を立てず静かに部屋を出た。

ルルーシュが持ってきた文集は踏み越えて。
……過去をより重いものにしてしまった自分の弱さも、踏み越えていって。
















藤宮詠子はスザクと別れた翌朝、ランドピットの社長からジェレミアを通じて
警察に出頭したらしかった。
その連絡をジェレミア本人から受けたルルーシュは、被害者でもあり当事者であることから
『時間があったら来い』との命令を請けた。
モニカも劇の公演に対して妨害をうけた被害者であるからこちらへと向かっていたルルーシュと駅で落ちあって、
二人でタクシーをひろい警察へ行く。

司法には色々と凡人では解らない面倒くさい取引があって
例え面談を望んでても捕まりたての最初は親族以外会えないのだという。
だがそこの無理を通してルルーシュはジェレミアに藤宮と会わせることを願い出た。
「殺しそうな目をしてるが……」
ルルーシュの強い目線に逡巡のような素振りを見せたジェレミアに思わず地団駄を踏みたくなる。
藤宮詠子の罪は既に確定してるものを挙げれば薬物の違法使用、摂取。そして傷害罪でなら
劇場でルルーシュにしたことも挙げることができる。
でもルルーシュが直に会って話したいことは、別に、そんなことでは全然なかった。
おもむろに鞄から予備校用のファイルを取り出して、来年の年明けにある試験の受験申込用紙を
ジェレミアに見せる。それが普通の大学ではない、司法試験用の特別な申し込み用紙であることを見て知った
ジェレミアは二の句が告げなくなった。役者を年内で辞めるという話は彼にもしていた。
だからこのことを扇の劇団以外の人間に教えることは、別に駄目なことじゃない。
「この用紙に誓って言う。藤宮詠子に人非人な真似はしないと」
モニカが驚いた顔をして用紙とルルーシュを見比べていた。けれど、ジェレミアの判断で
藤宮が待つ部屋に続くドアは開かれる。警察署の中でも拘留所の区画にはない、もっと中心から外れた位置にある部屋。
そこの鉄扉を戸惑いもなく潜って、先に続く一本道の廊下を歩いていく。
後ろで聞き違いかもしれないが誰かの引き止めるような声が聞こえた気がしが、
それにふと立ち止まって振り返る。でも、すぐにまた前を向いて歩きだした。



























藤宮詠子は、いつしか駅でスザクと抱き合っていたところを見た時と同じような姿で、
だらりと肩を下げて、机をじっと見ながら俯いていて、暫く部屋に入ってきたルルーシュにも気付かなかった。
聴取の様子をワープロで記録する係員からは、リフレインという薬物を常習していたため
精神的に少し錯乱してる部分があるから注意しろ、と言われた。
ルルーシュはあまり刺激しないように目の前にある椅子に腰かけ、声はすぐには掛けず、暫く黙って
藤宮の気配を探った。だがすぐにぴくっと肩が跳ね、自分と係員以外の誰かが部屋に入ったのだと
その俯かれていた顔が上がる。目の中が少し白く汚れた様子に今度はルルーシュのほうが怯えで肩を揺らした。
だがもし試験に受かったら毎日のように向きあう光景だ、と思って、震えはじめる自分の膝にぐっと
拳を押しつける。
まずは、自己紹介からだ。
「俺はルルーシュ・ランペルージ。今は、最初の受験に失敗して今年一杯は予備校に行ったり
知り合いの人の劇団で舞台に出たりしてる、二十歳の男だ。貴方は、スザクと同じで……俺より三つ上なんだよな」
「……」
計らずしも、語尾が少し震えた。藤宮の視線が戸惑いを露わにするように横に反らされる。
だが、スザクがずっと年齢以上に押し隠そうとしていたものを知りたいと思ったから
ルルーシュは遠慮もなしに最初からことの本題を聞いた。
「スザクが好きなのか?」
「……、」
「俺も好きだ。例え昔を知らなくたって、あんたには負けないくらい……」
藤宮の唇が震えていた。ぐっ、と前のめりにまた腹の辺りを抱えて俯いてしまう。
言葉の暴力なんて思えないほど、今の自分は威圧的なんだと思う。だがそれだけで振り出しに戻れてしまうほど
生半可な気持ちのままではこの面談は終われなかった。
「俺は、経験はあんまりないけど、人を好きになるのは、どれだけ相手と居やすいのか……だと思う」
面談室の横には大きな窓があって、多分マジックミラーとして隣の部屋から様子を見られるようになっているのだと思う。
そこへふと視線を飛ばしながら、自分でもあまりよく考えずに言葉を吐き出していた。
淡々とだったが、けれど、切実な思いが零れて。
それが、今の自分の原動力で--------------。
(スザク……)

スザクは、俺と居て過ごしやすかったのかな。
昔を隠すほど色々なことを我慢していて、付き合ってくれていた。
自分が意外なほど子どもで、衝突する度に嫌気がさしていたかもしれない、多分。
もしかしたら---------過去のトラウマはあったにせよ、藤宮のような昔を知る人間のほうが
よかったのかも。

そんなことを、過去を知ってから、ずっと思っていた。
スザクと過ごしていて『居やすい』と感じていたのはもしかしたら自分だけだったんじゃないかと。

(もしかしたら……)



そう、思っていて不意に顔をあげたら、目の前に居る藤宮詠子が両手で顔を覆って泣いていた。
ルルーシュの震えが伝わったかのように、彼女もまた肩を震わせて泣いている。
面食らった係員が外に誰か呼びに行こうとして手だけで『待った』をかけた。黙って座ったまま
藤宮の動きを待つ。こうしてずっと待たなければもう二度と彼女の口から本音が聞けないような
気がしたからだ。

少しの時間が経った後、痺れを切らした係員が外へ続く扉へ手を掛けようとした時になって
ようやく藤宮が口を開いた。
「私は、最初、駅で見かけた貴方たちが羨ましくて、……私は大切な人を失ったのに、枢木くんの場合は
あの失敗から貴方のような人を手に入れて、すごく楽しそうにしていて」
(……楽しそう……?)
駅で見かけた、とはいつのことを言ってるのか解らなかったが、
スザクが自然体でルルーシュに接していたことに驚いた、と彼女は言う。
その湿った声は途切れがちにだがちゃんとルルーシュのほうにまで届いて、自分もその声を聞きながら
息も出来ず集中していた。
「最初はね、ただ、昔話がしたかっただけなの」
「……」
「本当よ、それなのに」
「……」
「二人が一緒に過ごす姿が綺麗に見えて」


だからまた彼を傷つける真似をしてしまった。



それだけ言ってルルーシュに深く頭を下げた彼女は、係員が呼んだ女性の刑務官に連れられて
別室へと去っていった。
後に捜査を担当した刑事からは、藤宮の持ち物から押収されたのは殆ど写真ばかりで、それも
ルルーシュの姿を中心とした自分とスザクを映したものばかりだったらしい。
藤宮は、ルルーシュに自分の姿を置き替えて、過去を反芻していた。
今ルルーシュがいる定位置は、順調にいったら彼女のものだったのかもしれなかった。






(でも)


------------そんなのは、いやだ。






やっぱりスザクの隣は自分がいい。
例え昔に戻りたいと望んで藤宮が犯罪に走ってしまったのだとしても。
そして、過去を乗り越えたいと思って彼女に向かい合おうとしてスザクのことを考えても。



結局自分のことしか考えられなかった。
頭の中が白くぼやけて、泣きたいのか逃げだしたいのか、どうしたいのか解らないような気分に陥って
心がぐしゃぐしゃにひしゃげてしまいそうだった。
(……会いたい)

心から、そう思ったから。





















「どうだった」
「……」
「気持ちに区切りはつけたか」
「放っといて下さい……」

律儀に廊下の脇にある椅子に腰かけて待っていてくれたらしいジェレミア・ゴットバルトの姿。
そして隣にちょこんと腰を掛けて、変装用に目深く被ったチェリー帽を傾けて笑うモニカの姿に
ほっと小さくため息をついて、ルルーシュは立ち去ろうとした。

部屋を出る時、ルルーシュの経歴にも差し障るようなことだから、と刑務官に聞かれたことがあった。
勿論、藤宮を自分への傷害罪で訴えるかどうかだ。だが、それは彼女の友人であるスザクに判断を委ねて欲しい、と
だけ断って出て来てしまった。


そんな経過もあってひどく疲れていた。何も昨夜口にはしづらいことをスザクとしたからとかそんなのが
理由ではない。
なのにモニカは手を伸ばしてルルーシュの裾を引き寄せた。なんだよ、と見たら、またニコッとお得意の
笑顔を向けられる。黙って見ていたら、彼女が突然走り出した。外に弟待たせてあるから、と。
「は!?」
「打ち上げ!まだしてないでしょ?」
「何でそんな-------」
「舞台は成功したんだから!するのが道理よ。それに貴方の劇団の人も集まるって聞いたわ」
自分が出てくるのを待ってる間そんなことを千草から聞いたらしかった。
ジノが車に乗って待っている正門のほうまで行くと、運転席にいる彼のほうが先に自分たちに気付いて
車を近くまで飛ばしてきた。ガチャッと開いた後部座席のドアに乱暴に投げ込まれるように乗せられ
そのまま発進した。
「打ち上げなんて……」
「いいじゃない。嫌なことは嫌なことでサラッと流して、次にある楽しいこと目指して頑張っていきましょっ!」
「何でそんなポジティブなんだ」
「それはお酒が飲めるからよ」
打ち上げでもなければ昼間からお酒なんてのめないわ、と言うモニカは、弟に法律すれすれの速度を走らせている。
ジノもジノで姉からまたたびでもブラ下げられているのか、ことのほか嬉しそうに交通渋滞のまん前で
ハンドルを切っていたりなんだり。
「全く……人の気も知らないで」
「あ、あと何かね。場所はササクラ?さん家だって。日本名で言われたから表札の漢字とかわかんなかった」
「ササクラ?……って、えー!」
ばか、止まれ!と言う前に、もう首都高のインターを車は通り抜けてしまった。
「一般道を使うより早いわ!あんまり遅れるといいお酒にもありつけなくなっちゃう」
「おい待て。普通老人の家で宴会なんてしないだろうがっ。何だと思ってるんだご高齢の住宅を--------」
「許可したのは枢木さんだって聞いたけど、料理もお酒もそっちが用意して待ってくれてるんじゃないの?」
「……」
「いいからいいから。ジノの車は鋼鉄製なの」
事故にあったって簡単に壊れはしないわ。
というモニカの横で蒼白になったルルーシュの頭は、矢継ぎ早に交わされる勝手に決まった宴会の段取りに
ぐるぐると回って、おまけに急発進した車での酔いも合わせて、千葉寄りにある笹倉の家に着いた頃には
既に廃人に近い状態になっていた。












「昨日ぶり、ルルーシュ」
「き……昨日ぶりだな、スザク」

扇も千草も、しかも普段音響やら衣装を担当している劇団のスタッフなら殆どのメンバーが
揃っている中に、一人だけシャツにオレンジ色のエプロン姿でいるスザクはある意味異色で
ぼんやりしていた頭がパッと冴えたのを感じた。
(ていうか誰もこいつが一週間失踪してたのを不思議に思っていない……)
モニカは着くなりブーツを脱ぎ捨てて座布団で足を伸ばし、ジノは日本の庭園なんて見たこともないから
翔太とつぐみを抱えて飛んでいってしまうし、おまけに扇のほうはルルーシュの到着が遅かったほうが
不思議だったらしく、『腹でも壊したか?』なんて訊かれる。忙しくて入院してた時は一度も見舞いに
行けなかったことを悔やんでいる、と千草から聞いたりしてたのだが。その反応に何だかな、な気分で、
警察での疲れや心労もあって、ぺたん、と台所にあるテーブルに座りそこに腕ごと突っ伏した。
よく見れば酒や食糧の他に人生ゲームやバックギャモン、ミニ卓球台なんてものもある。一体こうまでして
何がしたいのやら。しかも誰と誰の舞台の打ち上げだっていう……そんな気分が、
ルルーシュの肩にドッと疲れとして圧し掛かってきた。
「どうした?」
そんな時一番に声を掛けてくれるのはスザクである。自分だって疲れもあるから休みたいだろうに
美代のために用意する夕飯以外にも宴会用のチキンなど揚げなくてはならなくなっている。
手伝ったほうがいいとは思うのだが、いかんせん料理なんてまともにしたこともないから
机と友達になることに落ち着いてしまってたりして。そんなルルーシュを見ても何も不平を言わないところに
やっぱり優しい奴だなあ、と感心したりして。それに、
「よかったのか。お前こそ、久しぶりのヘルパーの仕事だったのに……」
「それがね、美代ちゃん家の人が気をきかせてくれて、今週もまた休みをくれたんだ。
丁度旦那さんが御盆休みで子どもたちの面倒見れるからって。美代ちゃんも温泉行きたいって言ってたし」
「はあ……」
俺だって行きたいよ、とはさすがに思ってても言えず、ルルーシュは口を尖らせる。
そこにキッチンペーパーにあげていた出来たての唐揚げを差し出されて、むぐ、と思わずスザクの手の上で
食べてしまった。
「……おいしい」
「よかった」
お前ほどエプロン姿が似合う奴も居ないぞ、と口には出さないが心では声を大にして叫びつつ、
何だかにこやかな顔をして、またぺたりとテーブルに顎をつけてスザクのお勝手さんな姿を見守っていた。
すぐに唐揚げから順に、にゅうめん、サラダ、フルーツポンチ、フライドポテトと出来あがっていって
総勢二十人はつめかけた笹倉家の居間と中庭で宴会が始まった(ジェレミアだけは招待されず)
ルルーシュはモニカ同様宴会の主役でもあることから、裏方に徹するスザクとそう一緒には居られなかったのだが
配膳のたびに台所で話は出来たし、遠くから視線だけは向けられてるのを感じていたからそう寂しさは
感じられなかった。
それに、昨日とは違った姿を……スザクの笑顔を見ることが出来てる。
それだけで満足だった。自分がやったことに確かに意味はあったのだと、
(思うことができたから)














姉により飲酒することを禁止されていた弟は、姉が酔い潰れた状態でルルーシュに運ばれている時になって
ようやく自分が飲むことを禁じられた意味を知ったらしかった。
鈍いんじゃないかお前?と思いつつ、よしよしと金髪の頭を撫でて、彼にモニカ含む他の面子の送迎を頼む。
そして会場に使わせてもらった笹倉の家を、残った扇と千草とスザクとルルーシュの四人で使う前以上に綺麗にしていって、
日付が丁度変わる頃に家を出た。
スザクは宴会中、一滴だけ酒を飲んでしまったから、ということでワゴンは動かせず駐車場だけは借りたまま
『しょうがないからバス停まで歩くかー』と、何故か四人で手を繋ぎながら(……)帰ることになった。
扇は『俺、真ん中がいい!』と何故かまたよくわからないことを言ってルルーシュの左手に周り、
『じゃ私反対側!』とルルーシュの右手を繋いだスザクの左手に回った扇の妻のはずの千草がいて。そしてそんな二人に
挟まれることになったルルーシュとスザク(結局扇は端っこ)
……数歩その状態で歩きながら思わず空を見上げてしまった。
本当だったらスザクと二人っきりだったら泣いていたかもしれないのに。ああ、でも。
(今日はこれでいいのかも)
夜風に首を寒くすることはないから。
両側にはスザクと扇が居る。二人とも体格がいいから手のひらがすっぽり包まれていて
それだけで安心感があった。
そして、スザクのほうからは千草の鼓動が手ごしに伝わる感じがする。
一人ではない、という感じ。
「……はーあ」
突然大きな溜息をついたルルーシュに、一番はやく反応したのは扇だった。
「何だよ、どうした」
「疲れたんですよ。いきなり宴会なんてやるから」
「いいじゃないかー。たまたま俺の仕事もひと段落ついたんだから。またお前主演でひとつ舞台やるぞ!」
「ええ……もう引退したいし。センター試験の模試が年末にあるんですよ」
「そこはまあ奇跡を起こせ」
「無理です」
「まあまあ」
スザク側から千草のおっとりした声が聞こえた。ん?と二人して顔を向けると、スザクも不思議そうに千草を
見ていて、その言葉を待つ。
彼女も同様に空を見上げながら、ぺたぺたとサンダルの足音を響かせて、
ルルーシュたちの和気あいあいとした雰囲気に笑顔で口にした。
「ふふ……いいなあ、この感じ、と思って」
「この感じ?」
「みんな、こんな風に仲良しさんで居られたら、いいのにね?」
「仲良しで居られますよ」
「そうね」
「……」
「ずっと居られますよ」
スザクの手を握る力が強くなって、それに、ルルーシュのほうも力をこめて握り返した。



「あっ、あの、俺言いたいことがあって」



「ん?」
「何だ」
千草と扇が揃って声をあげたタイミングで、ぎゅっと握り返した手はそのままで
若干赤面したまま口にした。勇気のいる一言だったから。
「や……役者をやめたとしても……ずっと居たいです、俺も」
「……」



「だってこうしてるのが、俺にとって一番自然なことだから」





微笑みかけたスザクの向こう側に、白く、黄色く輝く大きな満月を見つけた。
瞬間、目があったスザクに引き寄せられて、広い胸に吸い込まれ肩に顔を押し付けられるように、抱きしめられた。
扇と繋いでいた手は外れ、スザクも繋いでいた手は外した。


鼻の奥に、少しツンとくる夜の空気が入り込んでくる。
それ以外に何か涙腺の緩む気配が胸から込み上げてきて、スザクの背中に手を回しながら
いつの間にかぽろぽろ涙を零してることに気付いた。

夜の空気と黒い闇。耳に小さく届いた『ありがとう』という言葉。

ひとりは怖いことじゃない。
ふたりでいることは、だから『自然』なことなんだ。