スザクには苦手なものがある。
ルルーシュが相手ではない時の色恋沙汰と、……痴情のもつれだ。
しずく 4
「か、帰っていいですか」
「やだ!先に貴方が帰っちゃったら、私が帰らないことを要さんが不審に思うじゃない」
「いやそこは思わせておきましょうよ」
じゃないと千草がこれからジェレミアに会いに行くことは、世間的にいうただの浮気になる。
「とにかく、僕は付き合えませんよ。いくらお世話になってる千草さんの頼みだからって、
その千草さんの前の旦那さんと三人で会うなんて」
どんな三者面談だ!
きっとツッコミが入ったらそんな風に言われるだろう今の事態に、スザクの本能は全力で『退け、退け、退け!』と
訴えていた。
だが同時に良心としての意思も存在する。千草を一人にするということはこれすなわち二人の逢瀬を押し出して
しまうわけで……。黙って帰った先で扇の顔を見てしまったら、きっと大後悔に襲われるだろう。
だが、だがそれならどうしたらいい?
そもそも千草の言う通りに従って、ジェレミアと直に会って、何を喋ったらいいと言うんだ!
以下、混乱状態のスザクの妄想シリーズ。
〜ジェレミア編〜
場所はファミレス。サンドイッチが美味しそうな赤色チェックのテーブルクロスが敷かれてある席に
千草とともに着席する。
向かい側でこしこしと必死にテーブルを拭いていた手を止めたジェレミアは、まずやって来た千草に
目を細めて満足そうに吐きだした。やっぱりあの男のもとは嫌だったか、と。
それに千草は全力で否定する。テーブル下でなぜかスザクの服の袖を掴みながら、
『違うのよ、別れたのはそもそも要さんが問題なんじゃない。別れた理由は、そもそも貴方がオレンジだったから!』
……どうやらジェレミアは俳優時代、自身の経歴に傷がつくような役をやらされたらしい。
(なんだ!それが破局の要因か)
スザクは千草の判断こそが正しいと思い、ぽかんとしたまま千草を呆然と見つめるジェレミアへ
横の彼女と同じくうん、と力強く頷いた。男女の関係はほんの少しの行き違いとすれ違いで亀裂が入る。
千草がジェレミアに別れを告げたのは、しょうがないことなのだ。
オレンジほ演じることを、ジェレミアが避けられなかったのと同じように。
仕方ないのだ。
そう……仕方ないのだ。
完。
(って違うだろ、おい)
我に返った。
「ち、千草さん、やっぱ駄目ですよ。ちゃんとした旦那さんがいるのに前の旦那さんと会うだなんて。
千草さんが平気でも僕が困ります……扇さんの家に帰れません」
喫茶店にスザクの手をぐいぐいと掴んで入ろうとする彼女に、スザクは後ろ足に体重をかけ、必死に抵抗した。
けれどその前にもう千草の手は戸口のノブを掴んでいる。カランカランというドアのベルの音に、テーブルへ
俯いていた緑の頭がすっと上がった。こちらを見てきている。呼び出しとともに順応にやって来た千草をジェレミアが
見ている。……隣にいるスザクを。彼女に手を引かれながら入ってきたスザクを。
(そもそも)
何で今更千草に会おうなんて思ったんだろう。
ウェイトレスの案内を制していつものにこやか笑顔でジェレミアへと挨拶し、向かい側に腰掛け、スザクに奥のほうへ行けと
促した千草は、のほほんとメニュー表を開く。
正面でまじまじと見るジェレミア・ゴッドバルトという男は、なるほど、ルルーシュが吃驚したと言ったように
愛想がまるでない男だった。かろうじて千草には親しみのこもった目を向けている。だがスザクには冷ややかだ。
どこの馬の骨だというような表情をしている。
(僕だって好きで来たわけじゃないんだぞ……)
本当はストーカー被害の相談をしにバイトを休んで来たっていうのに。
「あの、それで、千草さん……」
「?」
「いいんですか。あの、彼のお話を聞かなくて。さっきからメニュー何にしようかって見てるみたいですけど」
「だって日がな一日家事ばかりしてると、そうそう外に出て食事することもないじゃない?だからここぞという機会に
ストロベリーパフェなんて頼んでみようかと……」
「ふざけないでください」
ルルーシュには絶対見せないだろう冷たい視線とドスの利いた声。
そして少しの苛立ちを込めた声で言えばピンッと千草の背筋が真っ直ぐになり、先ほどまで緩んでいた雰囲気は何処へやら、
神妙な面持ちでジェレミアに『で、御用は?』と話を切りだした。(もっと早くそうして欲しかった)
「最近のあなたはやたらと私たち劇団に近く仕事をするようになったわね。どういうつもりか聞いていい?」
「ルルーシュ・ランペルージを借りたい、と言ったのは、何も君とヨリを戻したいといった気持ちから出たものじゃない。
純粋にうちの劇団の主演女優、モニカの要望でルルーシュを選択した。私情を含めた仕事はしていないつもりだ」
「あらそうなの。じゃあどうして今日ここに……?」
メニュー表を閉じて、結局何も頼まないことにした千草がジェレミアを正面から見る。
離婚経験があるなんて初対面では思えない美丈夫とした顔が、彼女の真っ直ぐな目に揺らぐよう
少しだけ顰められた。……何だか不穏な気配を感じて、お冷に伸ばした手を思わず縮め、黙ってスザクもジェレミアの
言葉を待つ。
「……それが」
「はい。何でしょう」
「最近、事務所の看板にこんなものが貼られるようになった」
ろくな説明もせず、ルルーシュに嘘のような契約を交わさせた人間が言えたことではないだろうが、
ジェレミアの深刻そうな顔にスザクはデジャヴュを感じた。
すっと鞄から出された紙をとって、自分が見たあと隣の千草へと見せる。そして、二人で顔を見合わせた。
黒い油性ペンに乱雑に切り取られた写真。先ほど扇の家で見ていたものと特徴が酷似している中傷写真。
だがスザクのものと違うのは、その相手だ。矛先だ。
モニカとルルーシュが街中を歩いている写真。それを切り取られ、油性ペンで無残な様子にされている-------。
「スザクくん。これ」
「はい。多分、僕に宛てた人と同じ人だと見ていいと思います」
「……心当たりがあるのか」
「あ、はい……」
今は扇の劇団を離れジェレミアに厄介になってるといっていいルルーシュのことを考えると
あまり大きな顔をして言えたものではないが、
一応ジェレミアもスザクとは面識があるらしい。まあ、扇の劇団の大道具の殆どを作っているのはスザクなわけだし。
ということもあって、千草がスザクをこの場に連れ立ってきてもジェレミアは不審そうな顔はしていなかった。
だがこの写真を見せた瞬間から、目つきが変わってきている。
スザクがテーブルから見上げた先、ジェレミアと視線を交わした辺りから、彼が自分をどのように思い始めてきてるのか
少し解り始めていた。……まあ、好感でないことだけは解るのだけど。
「あの」
「心当たりがあるということは君が犯人なのか」
「突飛です。そんなことあるはずないじゃないですか。ルルーシュは、その……同じ劇団の仲間で、親しい友人ですよ。
そんな彼の役者としての活動を脅かすわけないじゃないですか」
ジェレミアが一瞬で脳内シナプスが駆け巡るように考え至ったのは、この写真の犯人はスザクであるんじゃないかということだ。
常までずっと居たルルーシュが扇の劇団を離れ、ジェレミアのところで芸能活動まで始めようとしている。そんなことを
裏方担当が妬まないわけがない、--------単純にして明解な彼の思考は大体こんなものだろう。そんなわけあるかってんだ。
「いくら何でも、モニカさんを妬むなんてことはないです……」
「なら、ヴィレッタと一瞬交わした意味深な視線は何だったんだ」
「ぶぃれった?」
「あ、私の旧名」
「はあ」
「何だったんだ、と聞いているんだ」
どんっとテーブルがジェレミアの下ろした拳で揺れて、スザクが掴もうとしていたお冷が倒れた。
すぐに異変に気付いたウェイトレスがやって来るのに千草は手を振って制して、持っていた手ぬぐいでスザクの膝や胸に散った
水滴をぬぐう。
「すぐに手が出るのは相変わらずなんですね……アーニャさんも大変そう」
「うるさい」
「あれっ。千草さんと同じで、もう奥さんが居るんですか」
「ええ。この人とは円満離婚しましたもの」
二人の様子や千草の態度から見るに、どうやら仲が悪くて離婚をしたわけではないらしい。
その証拠に、ジェレミアはさっきから照れたように千草を上目遣いに見てきている。まあ、それこそ同じ男から見て
気持ち悪いのだが……。
「えー、と、ジェレミア、さん。その、誤解をさせてしまって申し訳ないんですけど……僕も、」
「そうよ。貴方」
「ん?」
「僕も、その写真の被害者なんです」
こんな言葉を使うのは嫌いだったが、自分が犯人に仕立てあげられるよりはマシだと思い
スザクはズボンのポケットから扇と千草に見せた紙きれを取り出した。
「これは……」
「ルルーシュと歩いてるところを撮ったもののようです。確か先週のことだったかな?いきなり駅地下に行こうということになって
広場で売られてるチョトスの列に並んだんですよ。二人で何でもない世間話をしてたんですが……ちょっと油断してましたね。
ルルーシュ、グラサンつけてないし」
「まあ、ラブラブね。きっとスザクくんが居るから警戒心薄れてたのよ」
「……まあ、それは」
(どうなんだろう)
しかし現にこんな写真が撮られてしまったのだから、もう外はこんな気安くはうろつけない。
「あとその、まだ言ってなかったことなんですが……どうやら、僕、後、尾けられてるみたいです」
--------え。
嘘。
そんな顔をした二人が、ぽつりと告白したスザクに視線を合わせた。
「どういうこと?」
「う〜ん。扇さんの言ったことが正しいなら……僕の関心をひくため?とか。そういうことじゃないのかなあ」
「じゃあこのモニカさんとルルーシュくんの写真は?二人だけで行動してるなら、別にいいってことじゃない」
「いや。だがそういう犯人は大体……粘着質なものだぞ。本命が連れ立って歩いた人間は本命の本命と思うからな。
その本命の本命が他の人間と出歩いてるっていうのも、また気に食わないんだろう」
ややこしい話だ。ジェレミアみたいな几帳面な人間が話すともっとややこしく感じる。
スザクはまさかルルーシュのほうにもこの嫌がらせがいっているとは思っていなかったので、
ジェレミアの持ってきた写真とその相談に、扇に相談した時以上にもっと混乱してきていた。だが考えるだけでは
問題は解決しない。彼にとっての最善で一番安全な方法を考えなくては……。
最近は、扇から稽古への参加を禁じられているから、外では滅多にあわない。
だからルルーシュの生活圏内も限定されてるはずだ。自宅か撮影所かモニカと事務所に居るか、もしくは予備校か。
……どうすればいいのだろう。
*
朝。
ルルーシュが大体眠るのはいつも大体深夜三時頃であるから、当然起床時間もその分遅くなってくる。
……今日は十一時だった。国鉄ではなく私鉄を使えば数分で予備校には着く時間帯に起きれた。
昼間働いていないとなるとこうも時間に融通ができる。毎朝八時には起床して眠るのはルルーシュよりも遅い
恋人のことを考えると、少し悪い気もしたが……。しかし、大学に受かるまでは面倒を見てくれるという
兄と姉の好意に甘えて、暫くはこの生活でも頑張っていこうとまた新たに決意する。
今日も胸に台本を置いたままの状態で、パチリとルルーシュは瞳を開け、覚醒した。
昨日はモニカとずっと台本の読み合わせをしていた。
舞台は一幕一場の舞台で、前半や後半という境目はない、休憩もない。正味二十分ほどの舞台で
男に扮するモニカと女に扮したルルーシュが相対する、少し特殊な恋愛劇を描く。
モニカは意外と努力家で、セリフの暗記が苦手だと言っていた。ミュージカルのように曲と曲で区切ってやれるのなら
ワンシーンごとに頭にいれていけば、稽古も最終日になれば完璧の状態になっている、……と言っていたが、
今回は二十分の少し短い舞台だったので、彼女も期待した休憩がとれず、台本を舞台中に確認する暇がない。
であるからどんなに忙しい身の上でもセリフをほぼ完璧な状態にして本番に臨まねばならないのだ。
その点、ルルーシュはセリフの暗記には自信があった。
だが漢字がやけに多かったり、一役でもその一役が厄介な役柄であったりすると、その得意さはあまり発揮できなくなる。
今回がそういう役だった。男の内面を持ちながらでも女の格好をして女のように異性を愛する、なんて。
内面はホモで外面はヘテロを擬してるような、そんな人間のように思えてくる。
(……)
自身が同性愛者だったからか、最初モニカからこの役を説明された時、正直やっていけるか不安だった。
だが彼女はセリフの暗記は苦手だがルルーシュよりも役者としての経験は長い。彼女は自分の受け持つ役こそ
自分とは対極に居て演じるにはかっこうの対象だ、……と、自分の割り当てられた役に嫌悪感を募らせるルルーシュに向かって
笑みを見せていた。
その自信が、少し羨ましく感じる。
そんな風に感じながら行った彼女との読み合わせは楽しかったけれど、
役を理解できてない以上セリフも頭に入りづらく、家に帰ってからもベッドでうんうんと唸るばかり。
こんな時にスザクから電話でもあれば嬉しかったのだが。……何故か掛けてみても繋がらなかった。
丁度バイト中だったからなのだろうか。
予備校に向かいながら稽古の時に飲むスポーツドリンクをコンビニで買っていった。
その時自分の買い物のレジを通してくれた店員が少しだけスザクに似ていて、まだ一週間くらいしか時間は経っていないのに、
堪らず、会いに行きたくなった。(というかそもそも他人を見て彼の面影と重ねるなんてとんだ欲求不満だった。どうかしている)
だがまだ役に入り込めてもいなければ、受験生として予備校でちゃんとした成績も出せてもいない。
この間カレンやリヴァルに言われた通り、少しどちらかに集中してちゃんとした結果を出すべきか、……最近悩んでいた。
でも、スザクはちゃんと自分の好きな舞台のことと、今もかけがえのない居場所だと思っているヘルパーの仕事や
小料理屋のバイトを両立させている。
そんな姿を近くで見て知っている身としては、……自分だけ、ひとつのことに専念する道を選ぶのは、いけないような気が
していた。
ああもう。
ほんとに、もう、何なんだよ、最近……。
心に芽生えた怒りややるせなさが、どんどんマイナスな考えを引きつれて自分からやる気をなくさせている。
こんな自分は嫌だ、と思うのにそれこそがこの気持ちにとっては促進剤なのか、
どんどんルルーシュの中で闇は広がっていく。
どうしたら、いいのか。
ほんとに、どのようにうまくやれば、恋も仕事も勉強も、うまくいくのだろうか。
「ん?」
突然携帯が震えだして、少しの期待を抱いてそっと鞄の中を覗いてみたら、
待ち受け画面のディスプレイには案の定、スザクの番号ではなくモニカが無理やり設定した
女好みの花柄アニメーションがテカテカと輝いていた。
どうやらメールらしい。空しい気持ちを盛大に抱え、はあ……とため息をつきながらフラップを開いたら
『予備校帰りはそのまま稽古場ではなく事務所のほうへ寄ること』と指示されたメールがあった。
りょうかい、と無変換で短く返事をして、またこっそり溜息をつく。
「携帯に、電話」
……メールでもいい。
「くれるって、言った」
(こないのは、何でだ?)
「ルルーシュ・ランペルージ」
ジェレミアに名前を呼ばれて、予備校で数時間頭を酷使したせいで少しぼやけていた頭が、スッと冴えわたった。
彼は自分のことをフルネームで呼ぶ。モニカやジノは普通にファーストネームで呼ぶくせに、やはり自分は
扇からの借りられてきた猫であるからなのか、……中々隙の見えない鋼鉄とした表情で声を掛けてきて、
身長も高いからとても威圧的に接してくる。まあべつにそれに対しては何も思わないのだが、だからってあんまり
気分のいいものではない。
言われた通り事務所に来ただけなのに一体なんなんだ、と言うように相手を見つめ返したら、
先に来ていたらしいモニカが、こちらを心配そうに窺っていた。
「?」
自信満々な彼女があんな目を見せるのは珍しい。まるで置き去りにしてきた子どもを背後から窺うような、感じ。
一体……。
「お前、稽古のほうはどうだ」
「は、い……扇さんのほうにもこちらに専念しろと言われてますし、今はもうセリフも殆ど入ってて、
役作りももう少しで完成しそうです。ですので、もう明日からでも立ち稽古に入ってもいいと思います」
「そうか。それならいいんだが……なら尚のこと頼みたいことだな」
「何を、ですか?」
緊張する心に更にぎゅっと力がこもった。
モニカが心配そうに見てくる目が、より痛々しいものになる。ジェレミアが次に言う言葉を予測してるのか。
何を、こいつは言おうとして……。
「ルルーシュ」
「はい」
「枢木スザクと付き合ってるのか」
「……、はい」
「そうか」
張りつめた糸でも見えそうな表情のジェレミアに、余計緊張が増し、その本意が見えそうで全く見えなくなった。
後ろで突然『やっぱり、ジェレミアさん』とモニカが何か言おうとしたが『黙れ』と
低く彼女の言葉は諌められる。……え?
(だから何だよ、おい)
「付き合ってるんだな」
「……そうです、けど」
それが何なんですか、と言おうとしたところで信じられないことをジェレミアから要求された。
「しばらく別れろ。公演が終わるまで」