ブリタニアの第二皇子シュナイゼルの手により、日本国籍を剥奪され、後にブリタニア人として生活することを強いられたスザクは、
言葉や習慣になれる余裕もなく『とにかく自分の身を守ること』のみに専念し、幼年期を送っていた。
第七皇女であるルルーシュの手により、自分の身ごと彼女が設立した特派に吸収されたのは丁度スザクが十五の歳になる頃だった。
彼はその時点で既に、ブリタニアの言語、ブリタニア人としての佇まいを身につけ、東洋人に特徴のある外見以外は
ルルーシュやシュナイゼルたちと何ら変わりない国民≠ニなれていた。
彼を名誉の≠ニ言う者も現れず、スザクの周りに居る兵士たちも彼を同胞と認めていた。
その中でスザクがどうしても『日本国籍に未練があるわけではないが、どうしてもここは日本と違う』と思って、
慣れることができなかった風習がある。---------それは毎年二月と三月に男女関係なくチョコを渡すということ。
すなわち、バレンタインとホワイト・ディである。枢木首相官邸の中だけでなく、当時日本ではチョコやお菓子を送りあうことはなかった。
一般市民の間では外国かぶれ≠ニしてブリタニアの風習にのっとる者も居たかもしれないが、
特に外部から送られた食べ物に慎重にならなければならない首相官邸では、その風習……いや、お菓子を作って差し出す慣例といっていいそれは、
どうにも認めることができなかった。
*
なら作ってる作業を見ていた手作りチョコなら問題ないのか、と言われると、……そういうわけでもなく、はっきりと言えない。
しかし、現に今、------------そんな話なんて問題じゃないくらいの
首どころか頭を両手で地にひれ伏したい事態に直面していた。
「セザル・オーウィンさん」
「は、はい……」
何の因果か、ブリタニアの兵士の後は女子に扮装して学園生活を送らなくてはならなくなったスザクの前に、
同じ学生服を着ていたらそんなに自分と体格に差のない男子生徒が、未だに耳に慣れない偽名を呼んできた。
シュナイゼルが世を去ってから、日本側へとついたスザクはアッシュフォードにて生き別れた主君を見つけた。
その主君の安否を守るため、日本側の密偵とルルーシュの騎士という二足の草鞋を履きながら、
日々ひやひやとしつつもセザル・オーウィン≠ニして過ごしているわけだが、この学生は何なのか。
その右手に持っている薄型の長方形の箱は何なのか。教えて欲しい。
「あ、あのですね、自分は風紀委員会に所属するものですがっ……」
「は、ははは、はい」
(僕の後輩か)
一応生徒会にも入っているスザクは、女装しながらも肩書は風紀委員長≠ナある。
―――確かこの顔委員会で見たなあ……なんて、長方形の箱にやった視線は外さず恐る恐る見上げてみたら、後輩が前進してきていた。
おいおいおい待ってくれこの状況!だって……。
中庭。
二人っきり。
放課後のクラブ活動時間。
(……正に絶好の)
「おれ、ずっと先輩を見てました!だから、その、おっ……お付き合いしてください!」
「え!------------------------------ええええええええええええええっ!!!」
日本占領からブリタニア人として過ごす……そんな苦境を越えてきたスザクでも、滅多に出さないような悲鳴が響き渡った。
(チョコ作って『付き合ってくれ』なんて、僕だってそんな告白、女の子にしたことないよ!)
女に見えるけど中身は男なんだ、とまず言えばいいのに、何か違うところに視点がいって目を丸くして後輩の接近した顔を見たその先に、
長い模造紙を丸めて持った赤髪と黒髪が佇んでるのを見た。
二人っきりじゃなかったの、見られてたの……!と思う前にまず『やばい』と思ったことは、
いやだいやだと見ることを拒否していた長方形の箱を受け取ってしまっていたことと、
何よりすぐに後輩に断りのセリフを吐かなかったこと。
付き合ってください、と言われても、僕の意中の人は、目の前に居ます……。
(ど、どおしよ……)
スザクがそんな迷走スパイラルに陥って、銅像のように固まってしまったのを見て、一連の流れを黙って見ていたルルーシュとカレンは
思わず顔を見合わせて、声も出ず、彼女たちのほうも固まってしまった。
スザクが好かれるのはいいが、だがセザルの……女装した状態で?個性的な趣味を持った後輩なのだな、と思いもして。
逆に……。
(このカップル、成立したらまずどうなるのかしら)
(スザク、付き合った経験とか全くないのに。大丈夫なのかな)
なんて、まず普通は心配しない所に気が向いた。
その後、スザクはショックのあまり一時間ほど口を開けなかったらしい。
*
「そうか、今年のバレンタインは日曜日だから、チョコって前日に渡すしかないんだな。すっかり生徒会が忙しくて忘れてた」
女装から解かれて、ようやく女子寮からクラブハウスにやって来れたスザクを前に、ルルーシュ無邪気に微笑んで彼を出迎える。
「で?あの男の子、どうするの。付き合うの?」
「…………、そんなわけないでしょ」
死んでもやらん、と首を振るくせっ毛が、ぼすんっとルルーシュの部屋のベッドに沈み込んだ。
明日が休みなら寮に帰らなくても大丈夫だろう、と思って。そしてルルーシュもスザクが泊まることを拒否せず、
パソコンの蓋を閉じて机から立ち上がり、でかい図体をした自分の騎士が寝そべるベッドへと近づいた。
膝を先にのせて、ゆっくりと自分も柔らかいそのシーツへ沈み込む。待ち構えていたというようにスザクの長い腕が伸びてきた。
「セザルの……あんなホルスタインのような姿にキュンとくるなんて、そんな男、僕は自分と同じ男だなんて絶対に認められない」
「え〜。俺スザクのあの格好好きだよ。あの点でだけは、カレンを褒めてやってもいいくらい!
長い髪のふわふわなウェーブが天使の羽みたいで可愛いしさ」
「それ、本気で……?」
ロングのエクステをつけてるのだって骨ばった首すじを隠すためなのだが。
スザクはぶつぶつ言いながら、横に寄り添うように寝ころんできた痩躯を自分の胸へと持ちあげて、
その薄い背中を支えるように腕を回した。ぴったりと隙間なく吸いつく体の感触が心地いい。
こっちこそ、ルルーシュの髪が好きだっていうのに。こんな絹のような手触りがしてなお且つ漆のような艶やかな色をしているものを
他に見たことがない。
(だから、僕のあの格好を好きだなんて)
その神経がわからない……。
そう思うスザクのくせっ毛に触れようと、胸の辺りにいるルルーシュが手を伸ばしてくる。
それを受け入れながらふと思ったことを聞いてみた。
「そうだ。セザルのあのカツラが好みなら、スペアに用意してあるの一個差し上げましょうか?」
「え、いいよ。自分でつけるのは。スザクがつけてるっていうのがいいの」
「はあ」
そういうことか。いやでもそれはそれで、何か。
「で、どうするの?付き合うの?セザル・オーウィンとして」
「まさか!」
何度も言うようですが付き合いませんよ!と反射的に大きな声が出てしまった。
丁度スザクの腹に埋もれていた黒髪が、その反応の強さにびくっとする。
「あ、すいません、驚かせて」
「……こっちこそ、ごめん。からかうつもりなんてなかったんだ。ただ、あの男の子がさ、すごい必死だったから……」
「あ〜。あんまり見たくなかったんですけど、手作りでしたよね、あれ」
「うん。ほんと」
ルルーシュもカレンと共に見ていた。綺麗な光沢紙で巻かれたあれは、きっと彼が昨晩せっせと作って用意した想いの結晶が詰まっている。
「ああ〜嫌だなあ〜〜!開けたくないいいいいい」
「えっ、まだ開けてないの?見せてよ。俺も参考にしたい」
「いやいやいやいや、参考にしないで下さいよ。ていうか、えっ、誰にあげるんですか?」
明日。
本来でいう十四日のバレンタインに。
そのスザクの問いかけに、くすっと紫電の端を細めた小悪魔めいた笑みを残して、ルルーシュはスザクの胸から離れた。
「どうだろうな」
「え……」
「日本では男女ともにあげ合うっていう風習はなかったんだろ?」
「ええ、まあ」
「じゃ、どうしようかな」
ブリタニアに居た頃もあげたことはなかったし……、何か考えごとをするようにベッドから足だけ床へ下げて、
口元に指を沿わせ、考え込む風を見せる。
「殿下……」
ふふ。
まるで物乞いするかのような視線がおかしく見えてしまったのか。頼りなく揺れる翡翠に紫電が満足そうに細められた。
「俺の、欲しい?」
「----------欲しいです」
すぐに答えるスザクにくすっと声にして笑った。
後ろを振りかえり、こちらを見つめていたスザクの瞳とかち合う。
自分から試すようなことを言ってしまったのに不安げに目尻を下げた翡翠の眼差しに出会い、何だかそれを可愛いと思った。
そんなルルーシュの心境は知らず、笑うだけで何も言わないルルーシュに出過ぎた発言だったか……とスザクは俯く。
その顔を上げさせることもせずくせっ毛を見つめたまま、ルルーシュはベッドから投げ出した足を床につけて、こう言った。
「俺はセザルとしてチョコをもらうんなら、浮気にはならないと思う」
「え」
「その、ほら、折角もらったものなんだから、一応食べなきゃ駄目だろ。俺だってもらってくれたのに箱も開けてくれないなんて傷つくし……」
一瞬、ルルーシュの口にした意味がわからないといった顔をしたが、すぐにはっとスザクは我に返って口にした。
「あの学生からもらったチョコを食べろっていうんですか?」
「礼儀としてな」
あっちにはお前が女の子に見えるんだし、と苦笑する。そうか。ルルーシュが言うことは解るが
どうしてそれが、ルルーシュからチョコをもらえるかに関わってくるんだ、と苛立ちを感じた。
別に告白しろと頼んでもらったチョコでもないのに。
「あの後輩くんにそれなりの対応をしてみせたら、褒美として、お前が欲しいっていう俺手作りのチョコをやってもいい」
「何ですかその交換条件」
「だって本当に本気でお前のこと好きなように見えたんだもの。あの子。やっぱりそこは同志として解っちゃうんだって。
俺だってもし自分に置き換えてみて考えると、食べてもらえなかったら切ないし」
「僕は同じ男から告白されたという時点で、切ないですよ」
「そんなこと言わず。チョコだけでもいいから食べてやって、『おいしかったよ有難う』くらい伝えろよ」
「そこまで真摯になる要素が見つからない。やです」
「スザク」
子どもみたいに背を返して、再びシーツに埋もれてしまったスザクに、ルルーシュは追いすがろうとして、やめた。
伸ばした手は引っ込めて、黙ってスザクの言葉を待つ。けれど、発される言葉はなく、
代わりにこくこくとくせっ毛が揺れ始めて、暫くしたら小さな寝息が聞こえてきた。スザクは眠ってしまったようで。
「もう。折角好意でもらったものなのに……」
「……」
「スザク。本当にいいのか。お前を好きなんてあんな広いとこで言ってくれる子、そうそう居ないぞ。俺浮気とか思わないからさ、食べてやれよ」
「……」
「じゃないと、俺だってあげたくてもあげられないよ」
(怖くて)
眠る背中にぼそぼそと呟く一言一言は、スザクに届いただろうか。
ルルーシュはもう諦めて、自分も眠りやすいようにと部屋の照明を暗くした。
*
翌朝。折角二人で過ごす休日なのだから一緒に朝食を摂ろう、と思って、スザクよりも先に起きたルルーシュは
いそいそと部屋にある簡易キッチンに向かった。だが、冷蔵庫からベーコンを取り出して焼こうとしたところで、
部屋の自分のベッドの上がもぬけの殻になっているのに気付く。
「あれ。さっきまでは寝てたのに……」
呟いて、焦ってチラチラと辺りを見回せば、タオルを頭にかぶせたスザクが無表情で洗面室から出てきた。
なんだ、起きて顔を洗いに行ってたのか、と焦っていた顔を常のはにかんだものにしてみせれば、
スザクはつまらなそうに口を曲げて『帰る』と唐突に口にした。
「へっ」
「今日は、寮で過ごします」
「ど、どうして。折角なんだから朝食くらい……」
用意するから食べてけば、と言うのに、
「チョコじゃないんでしょ?」
むすっとして、口をへの字に曲げた顔が白いタオルから覗く。どきっとそれに胸を跳ねさせたルルーシュはばつが悪そうに、
冷蔵庫から取り出したままで手に持っていたベーコンを握り締めた。
「怒ってるの?スザク。俺があのチョコ食べろって言ったから」
「……食べないと殿下はチョコくれないんでしょう」
「くれない、っていうか……何か交換条件みたいになっちゃってるけど、うーん、まあ、そうだな。言ってみれば」
だってそうでもしないとお前あの後輩くんのチョコ捨てちゃいそうなんだもん、とルルーシュは向かい合ったスザクに言う。
だが、だが本命を目の前にして、その本命の彼女から他人のチョコを食べろと再三言われ、それで今日というバレンタインを一緒に過ごす、
なんてこと、スザクには出来そうにない。
「帰ります」
「まっ待って、どうして!いいじゃないか貰ったチョコを食べるくらい……っ」
「嫌ですね。昔からブリタニアの習慣もどうかと思ってましたけど、-----------その貰ったものは何でも有難く腹に納めるっていうの、
逆に失礼だと思います。昨日から言ってるけど、僕は本命以外の子から貰ったチョコなんて食べる気はない」
「……」
失礼します、と言って、スザクは自分が使ったタオルを畳んでおいて、出て行ってしまった。
ルルーシュはベーコンを抱いたまま立ち尽くすのみ。
スザクに最後言われた一言が頭の中をぐるぐる回り、暫くその場からベーコンを持ったまま、ぴくりとも動けなかった。
*
空しくたった一人で過ごしたバレンタインの次の日。
流石にセザルの状態であるからか、気軽に「よう!」なんて声を掛けることもないのだが、
だがそうであってもセザル(の格好をしたスザク)は、生徒会室でルルーシュと会っても目線すら合わせてこなかった。
そんな自分たちを見て、ミレイが『あんたたちどうしたの。昨日二人で過ごしたんじゃないの』と訊いてきたが、
ルルーシュは力なく首を振ることしかできなくて、しょんぼりと膝の上に手をついて俯くしかない。
自分が座る目の前では『友チョコよ』と言ってカレンがシャーリーへ可愛らしい包みを差し出していた。
それを見て、セザル(ではなくスザク)も目線を足元へ落とす。誰か止せばいいものを事情を知らないリヴァルはその彼の横について、
生徒会役員の誰も聞こうとは思わなかったことを口にした。
「お前はチョコやらないの?風紀委員会の奴に、とか」
話しかけてきたリヴァルを見もせずに口を開く。
「僕はあげるよりもらう主義だ」
「えー女なのに?」
「女……でも、気持ちは男なの。そう、男だから男に告白されても気持ち悪いだけなの。あとリヴァル、今風紀委員≠チて限定して言ったね?
もしかして先週後輩に僕にチョコをあげるよう手はずしたのは、君なんじゃないか」
「あ」
「え」
「……そうなのか、リヴァル」
それを目撃したカレンとルルーシュが顔を見合わせて、スザクの横に座るリヴァルをしげしげと見返した。
彼は小さく声をあげた後サッと静かに立ちあがって、その場からダッシュで逃げようとした。それを後ろからスザクが阻止する。
リヴァルが斜め後ろに振り上げた手をスザクは自分の胸へ捻りあげるように掴み、引き寄せ、
ルルーシュの居る所からでもぎちぎちという音が聞こえるくらい締上げた。
「い、いたたたたたた!」
「白状しろ。そして僕の失った尊厳を返せ!」
「あらやだセザルちゃん。地が出てしまってるわよ。そんなこと普通オンナノコが口にするようなことじゃありませんですわよ」
「ミレイ。お前だって喋り言葉がおかしくなってるぞ……」
いつもは大人しいセザル(スザク)が、今はアッシュフォードに居ない誰かを思わせるような俊敏な動きでリヴァルを捕えたから、
近くで見ていたシャーリーもニーナも戸惑う。すぐに取り繕うように相棒のカレンも何かしなくてはならなかったのだが、
そんなフォローをすることよりも、まず、先日のスザクへ告白した後輩のことが気にかかった。
「何?ってことはリヴァルの知り合いなわけ?」
「何であんたがセザルとの仲介役になったのよ」
「そんなこと聞かれても、すぐには答えられねぇよ。後輩だって、多分セザルにマジだと思うし」
「え!」
「嘘っ」
声が同時に上がった。座っていた椅子からガタリと音を立てて立ちあがったルルーシュは、後に『嘘』と発したほうだった。
スザクの腕の隙間から縫うように手を伸ばしリヴァルの肩を掴んで『本気って本気か』と凄む。
その問いかけに、リヴァルを締め上げていた手をスザクはそっと緩めた。
見守るように生徒会役員が見つめる前で、珍しく露骨にルルーシュが口を開く。
(昨日はあんなこと言ってたけど……)
『チョコ食べてあげなきゃ可哀想だよ』
『交換条件っていうわけじゃないけど、食べてあげたら、作ってあげる』
(どうしよう。本当にあの後輩がスザクを好きだったら、俺……)
「ねぇリヴァル。その子、セザルのどこが好きなの?」
「ど、どこって。ルルーシュ、なんでそんなことお前が訊くんだよ」
「そ、そそそ、それは、俺が困るからだ!最初はチョコだけ渡せば気が済む程度のものだと思ってたから、
だから俺もあんな余裕を見せれたわけで。でもリヴァルを仲介に立てるくらい手が込んだ準備してたなんて……。
何か本気っぽいじゃないか。そんなの駄目だ駄目だ。ほ、ほんとに、二人が付き合うようなことになったら、俺、」
「ないないないない!ルルーシュ、それはないない!」
「付き合うとかないから!ちょっとそれは先走りすぎだから!」
周りにいたメンバーの中で、ひときわ高くセザルとミレイが首を振る。
顔をうっすらと赤くして、目を潤ませて焦った素振りをみせるルルーシュに本気でスザクも動揺した。
自分が彼女を捨てて他の誰かと付き合うようなことなんてあるわけがない、と思う。そして。
「例えば、マジにその後輩が僕とそんな仲になりたいと考えてたとして、……」
「うん?」
「僕は、男相手じゃ、無理です。……や、違う。無理だ」
「!」
「え、それって……」
それって、何!?
スザクが女装をしているとは知らない、ニーナ、シャーリー、リヴァルが、何のつもりでそんなことを言ってるのか、
思わず噛みつくように目を見張る。
「僕は男相手じゃ無理だ、って……!」
「確かさっき、体は女の子だけど心は別物だって言ったよね?!」
まるでオカマちゃん、みたいな誤解を口にする。すかさず横からミレイがニーナやリヴァルとは違う、あらぬ方向に
考えがいっているシャーリーの頭へぺしっと平手をお見舞いした。
「セザルが言いたいのは、『自分は心が漢だから、乙女思考な男は合わない』ってことなのよね?」
「そうです!」
「何だ、私、女の子のくせに女の子が好きなんだって言ってるのかと思った」
「いやいやいや。誤解しないで」
それこそ勘違いすぎる。-------------まだ赤くした顔をそのままに、目元をうるうると潤ませて下を俯くルルーシュを見て、
余計その誤解が気持ちを鬱屈とさせた。
「じゃあ何だよ。セザルはあの後輩がお前のどんなとこを好きかって知ったとしても、振りむいたりしないのかよ」
「うん」
スザクは視線をリヴァルへと向ける。
「もう心には特別な人が居るもの」
「え……」
「……」
特別な人
スザクのいつになく抑えた声の調子が、その言葉の持つ真摯さを裏付けているようだった。
耳にして、リヴァルを挟んで向かい側に立っていたルルーシュは、その言葉と声の調子に胸をきゅんとさせる。
「だから、特に殿……ん、じゃない、ランペルージは、気にしなくていい。や、気にしなくていいですから、ね!!」
「う、ぁ、う、うん。わかった!!気にしない、よっ」
さっきまで後輩という見えない影に顔を青くしていたのに、今は顔面を真っ赤にしてルルーシュを向くスザク。
対して同じだけ真っ赤にした黒髪が、こくこくと彼……ではなく彼女へ首を縦に振られた。
そんな二人の様子に後ろでミレイが腹を抱えて肩を震わせる。ラヴシチュエーションも頑張る必要もないくらいにピンク色な雰囲気の中
恐縮だったが、普段のルルーシュとスザクのやり取りや本来の関係性を知っている唯一の生徒会メンバーなだけに、
やっぱりスザクがセザルの格好のまま無理をしてでもルルーシュを安心させようとする姿は、
笑えて笑えて仕方なかったのだ。(……)
「えーと、じゃあ、何?結局どういうことなの。その風紀委員のセザルの後輩は、セザルに本気なわけ?
それはマジな話なの?」
「と、思うぜ俺は〜〜。だってあいつ聞いてきたもん。『オーウィン委員長が中庭を通る日って
何曜日と何曜日ですか』って」
ああ、生徒会のゴミ出し当番の日か……笑っていたミレイが足元から身を起こす。
横でニーナが『ミレイちゃんホコリついてるよ』と、立ちあがった彼女のスカートを軽く手で叩いた。
「用意周到だな。そのねちっこさから考えるに、相手は相当セザルにぞっこんだと見る!!」
「見ないで下さいよ」
「だからぁ、そこを利用するんじゃない」
へ、と、生徒会役員一同動きが固まった。
ほくそ笑むように片目をパチリとする生徒会総取締役兼会長は、付き合いは長くないがそれなりにどんな性格なのかを知っている
ルルーシュでさえも嫌な予感を覚えるような、嬉々とした顔をしていた。
*
「つまりぃ、アレだぁ。スザクはルルーシュからのチョコしか受け取らないんだ」
「……そう、なのかな」
「だから、女装してる姿であれ、自分に好意を寄せて逆ナンしてくるあの後輩くんがうっとうしいんだ。そういうわけなんだ。
わりとシンプルじゃない」
「いや、シンプルとか以前にそれしか問題ないから」
がさごそごそ。
植込みのすぐ下にある芝生とコンクリートの境に身を滑り込ませた二人の女子が、
ぴょこっと顔を覗かせ、本校舎の渡り廊下で一人呆然とたっている学生服を見つけた。
どうやらその彼……件の後輩くんは、誰か≠待っているようだ。傍目でねるんるんだとわかるような表情をして。
「ふふ。なんか面白いわね。自分でもこうまでうまく話が転ぶとは思わなかったわ。これから起きることが
楽しみで仕方ない!」
「悪趣味。卑劣。人非人。俺のスザクを何だと思ってるの……」
「いいじゃない。主君バカのあの犬は、結局ルルーシュのチョコくれてやるって言ったらなんなくOKしたじゃない。
やーい、ばーかばーか」
『ねえあのさ。提案があるんだけど……』
『何です?会長』
『仮案よ。とりあえず彼氏っぽい代わりを誰かに頼んで、後輩くんの前に居てもらう』
ざっ、ざんこく……!!隣で料理本を開いていたルルーシュが『それはやめたほうがいい』と
抗議の目を向けた。
『わかったわよ。それは流石にしないわ。う〜〜〜ん、じゃあねえ……風紀委員会は元々人数も居ないしな。
禍根は残さないようにしときたいのよね。……うん。よし、スザク。決まったわ。あんた、あの後輩くんのチョコのお返しに、
自分もチョコ作ってあげなさい』
『!!!!??????』
「……へ?』
チョコ?あれ、俺がスザクに作ってあげるんじゃないの……。ミレイの突然の発案に
ルルーシュの声はとても頼りなく小さかった。
仕方なく。そう、仕方なく、なのだが。
スザクはルルーシュの部屋にカレンに隠れてこっそりと泊まり、一晩かけて、好きでもない相手(しかも同性)に
手作りチョコを作った。
元々スザクにあげる用に材料だけは用意しておいたのだという。本当なら一昨日の当日に目の前で作ってあげたかった、と
台所の冷蔵庫を開けながらルルーシュは言ったのだが、まさかそんなことまで察しがいかなかったスザクは
そこで初めて昨日怒って帰ってしまったことを後悔し、残念そうに笑う主君に何も言えなかった(この時点で充分ヘタレである)
好きだと言ってくれた相手からチョコを受け取ったからには、
食べる・食べないにしろ、お返しはするべし。むしろ断るつもりなら当然するべし!
言うことは大変もっともらしいのだが、見るからに面白そうな顔をして握りこぶしをする彼女が口にしても
何だか言い訳をもっともらしく掲げてるようにしか見えないのだった。
結局ルルーシュの監督により(何故か)チョコだけはスザクが涙ながらに作り、
ラッピングは普段は全くしない繊細な作業に力尽きた騎士にかわって、その主君がした(何故か)
レース生地の桃色と紺色の布に巻かれた品のいいチョコは、植込みから覗くミレイたちの反対側から
そろそろと歩いてくるスザクの手に今は握られている。
『がんばって、俺はここで見てるからね』と声には出さないでエールを送るルルーシュは
何だか、初めて息子が同級生からもらったチョコにお返しする現場を見守る母親にしか見えない。
どこかその用意を半分薄めで見やりながら、はっと時計を確認したミレイが夕方の五時過ぎを確認した頃、
ようやくスザクは重い足取りで後輩の前にまでやって来て、その手にしていたチョコを『ん!』と突き出すように渡した。
「これって……」
「……とりあえず、受け取っておきなよ」
「僕がした告白の返事として受け取っていいんですか、委員長!」
「ない!!それは断じてないっ!!!」
首を振るスザクの声に、いつものセザルの気弱な印象は微塵もなかった。
もう既に精神的負架はゆかに超えて、頭の奥がピコンピコンと星に帰還したい信号を現している危険な状態だった。
なのにどうしてここまでやって来た自分の真意をそんな都合よく解釈するのか。
思わず離れたところで見て居るミレイもルルーシュも、気の毒になってきた。エールを送っていたルルーシュの顔からは
血の気がなくなる。
「でも返事じゃないって、だって先輩……」
「や、だから!それは手作りしてまで用意してくれた手間を同じ形で返したかったから、……ただそれだけなんだ。
君がどんなに僕のことを好きだとしても、僕にはもう好きな人がいるから、君を個人として愛することはできないっ」
畳みかけるように自分の気持ちを押してこようとする後輩の口に、がばっと被さるように勢いつけて答えた。
もうここまで言ったら皆まで言ってしまおう。嘘をついて付き合うより悲しいものはないのだから、と。言い聞かせて。
スザクは(セザルは?)ミレイからの指令ではここまででいいという言いつけだったのにも関わらず、
誰も渡り廊下にいないことを確認して、そっと、こめかみに手を伸ばした。
「スザク、まさか」
「……ぁっ、あいつ」
『スザクがセザルのかっこしてる時の、ふわふわの髪の毛、俺はすっごい好きだよ
だから後輩くんの気持ちわかるな』
(--------------まさか!!!)
後輩の目の前で茶髪のエクステが宙を舞った。
間違いなくスカートまでアッシュフォード学園女子制服を着ている人が、
瞬きの合間に、短髪のベリーショートヘアー。そして茶色のコンタクトレンズを外した素顔、
一見すればスカートを履いただけの男子≠ノなってしまった。
「見ていてよ」
作り声をなくした言葉。更に畳みかけるようにやってくる衝撃は、しんじがたい-----------……。
「っぅわ」
後輩の意識は途切れた。
後にはかわいくラッピングされたチョコだけ口に突っ込まれ、口端からは泡を出し、
病院に搬送された先では『何も覚えてません』と頑なに口を閉ざし、そしてもう一生ふわふわの髪の女の子には
近づかなくなった男が出来あがった。
ミレイもルルーシュもよもや想像だにしなかった。
まさかスザクが、制服の上着を肌蹴させ、自慢の己の胸板をシャツを捲りあげてまで
自分は女じゃないんだ!ということを証明して見せるなんて。
*
夕方。まるで真冬の木枯らしの間に吹く突風さながらにスザクをひっつかまえて
ミレイと共に帰ってきたクラブハウスの私室の中で、ルルーシュは、自分の前で
彼にとって一番リラックスできる格好に着替えた騎士を前に、一日の中で最大の溜息をついた。
「はあ……心臓が飛び出るかと思った」
「僕はすっごいホッとした」
「馬鹿!!誰かに見られてたらとんでもないことだったんだぞ!」
青ざめる顔と反して、昨夜に比べれば随分すっきりとした笑顔を見せるスザクを嬉しく思う反面、
『もしかしたら……』という事態を想像して、頭の中がスパークな状態だった。
「だ、誰も見てなかったからよかったけど、ちゃんと後のことを考えてああいうのはやってよ。
黙って見てるこっちはすごく吃驚するんだから!」
「ごめんなさい。だって、でも、あまりにもミレイさんが僕で遊ぶから……、ちょっと」
「会長って呼んで!」
「あ、はい」
論点がズレる注意を飛ばしてきたことにくしゃっと笑ってみせたスザクは『すいません』と再度謝り、
『で?』と、右手を胸の前まであげながら己の主君の赤くなったり青くなったりする顔に
小首を傾げた。
「?」
「くれるんじゃないの。チョコ。貴方手作りの」
「あ、あー!そっかあ」
昨夜突然出したミレイの提案に渋々ルルーシュに教わりながらチョコを作ったわけだったのだが
まさかその提案になんの報酬も期待せずノったわけではない。
ちゃんと横でスザクの分を作るルルーシュを見ていた。ルルーシュもルルーシュで、スザクの物欲しそうに見る視線を
横で感じながら、隙を見せたらパクついてしまうんじゃないかと若干ヒヤヒヤしながら……でも、ちゃんとあげるつもりで
スザクに教えながらその彼に献上する用のものも作っていたのだ。
「おまたせ。二日遅れになっちゃったけど、ちゃんと本命用のチョコだよ。ハッピーバレンタイン・スザク」
はい、と、冷蔵庫から持ってきたプラスチックケースに入った箱を、両手で差し出したルルーシュ。
それをはにかんだ笑顔で受け取りながら、待ち切れずに本人がいる目の前で箱を開けてしまった。
『こら、もう、行儀がわるいんだから』と怒られる声も気にしない。
「うわ……おいしそう。すごく。チョコ刻む包丁さえ危うかった僕を監督しながら
こんな手の込んだものもサクッと作れちゃうんだ。殿下。すごいですね」
「ま……まあ……。普段ミレイみたいな破天荒な奴の世話してるからな。手先は器用じゃないけど、
それなりに視野はひろいよ」
ブリタニアに渡ってきた頃から、いや、シュナイゼルに会うそのずっと前から笑顔が得意じゃなかったスザク。
その彼が手にしたルルーシュのチョコに向ける極上の笑顔に滅多に見れないものを見るような価値を抱きながら、
ルルーシュは、じゅん、と、胸の奥が熱くなるような思いがした。
「甘いの、とか……そんなに嫌いじゃなかったら、バレンタインとか関係なしに、もっと作るよ?俺」
スザクは誰かにもの≠あげるという習慣が嫌いだ。
そのことを聞かずとも何となく肌で知って感じていたルルーシュは、一昨日あったバレンタインだってあまり
乗り気な思いで過ごそうと思っていたわけではなかった。
だが、……それほど手をかけたものでもないというのに、自分のあげたチョコを手にするスザクは何と可愛らしい顔を
していることだろう。
こんな顔が見れるくらいなら、突っ返される恐れを無視してでも、もっとちゃんと準備したものを用意して
いつも感じている彼への愛情を形にしてやればよかった。
そう思うルルーシュは自分でも気付かないうちに瞳の端に涙をためていた。
慌てて制服の袖で拭おうとした、その前にチョコの箱をベッドの上に置いたスザクの指に
空中で縫いとめられる。
「あ……」
「もっと、『作ってください』って言えば、作ってくれるんですか?貴方が……僕なんかのために」
「……あ、当たり前だろ。そんなの、俺にとっては手間じゃないんだから」
どんどん近づいてくる距離に後ろに下がるわけでもなく顔を俯かせて
スザクに触れられた手を払うこともなく、ただ、待った。ルルーシュは触れられたかったから。
恋人ではなく、好きな人ではなく、関係を固定した間柄ではない大切な人≠ニ自分のことを想っていることを
生徒会にいるみんなに説明してくれた瞬間から、思っていたから。
でも、
「す、スザクは、俺より……カレンとかじゃなくていいのか」
「え?」
不安が芽生える。
ひろがってほしくないのに、水面の中にひろがる墨汁のように隅々まで広まっていく-----------不安。
「そりゃ俺は、あいつと比べたら料理だってできるし勉強だって得意なほうだと思う……けど、でもカレンはそんな俺とは違って
言葉を交わさなくてもお前のこと理解してるっぽいし。バレンタインだって、絶対カレンから貰うと思って……」
「まさか。そりゃ日本人として情は感じてるかもしれないけど、恋とかそういうのじゃないですよ。
それに僕は貴方がいる前でも言ったじゃないですか。貴方と僕しか居ない場所でも言ったことがある。
主従の誓約をする前にも、……誓約した後にも」
そう言って、ルルーシュの手首を止めていた手を重力に従うように体の横に下ろして
同時に足は曲げて床の上にスザクは膝立ちになった。
目を閉じる。
ルルーシュは自分が見降ろすことになった所でようやく気付いた。あっ、と触れられた手をピクリと動かして
瞼をおろしたスザクの無垢な顔に、紅潮する。
「な、なに……?まさか」
「昔強請ってしてくれたみたいに、また殿下からキスして欲しいな、と思って。いいでしょう?
僕はやっぱり貴方じゃなきゃ駄目なんだって気付いたんだから」
いつまでたっても自分に自信がもてない心を後押しするかのように、
スザクが触れた指先が街中を歩く恋人たちみたいに重なり合う。
ルルーシュ自身もずっと夢見ていたその関係性。頭の中が沸騰しそうなほどの緊張に包まれながら
見降ろしたスザクの唇に顔を近づけるのは、それからあまり時間をおかない、すぐのこと。
ルルーシュがあげた本命チョコは数枚のスポンジと砕いたクッキーを重ねた簡素なガトーショコラだったが
綺麗にチョコソースがコーティングされたそのケーキの顔には、ホワイトペンで小さくハートが描かれていた。
……その小ささがなんとも慎ましやかな性格を持つ主君らしいな、と笑った騎士の来月の目標になったのは
それに負けない小ささを持つ(けれど歪なものにはならない綺麗さを持つ)ハートの形を象った
彼女が大好きなプリンをお返しにすることだった。