「……なんで触れてこないんだ?」





--------------まさか横を歩いていただけでそんなこと言われるとは思わず、
スザクはルルーシュの突飛な質問に対して、足を止めるしかなかった。






































「どうして、いきなり」
「いきなりでも何でもない。どうしてスザクは黙ったままで、折角俺たち以外誰も知り合いは居ない場所に来ても、
手さえ繋いでこないんだ?って訊いてるんだ」
「……」
昔とは違って今は月に何作品も抱えて居る人気俳優である彼、ルルーシュ・ランペルージは自分と付き合うことで
スザクが劇団の長とその夫人に盟約を交わしたことを知らない。それが幸せなのか不幸せなのか、他人やスザク自身が言えることではないが、
その盟約の内容を知れば……多分きっと……、一度か二度か、誰か特定の人物と付き合ったことのある経験者は
『大変だねえ』と頷いてくれるだろう。そんな問題だった。

その盟約とは三つある。

@キスまでは許す。
Aけれど、ルルーシュが大学に受かるまでは体の関係は持たない。
Bもしルルーシュ本人からそれを強要してきても、決して『うん』とは頷かない。断固、求めには応じない。
 そんな事態に発展してもスザク自身が防波堤になる。理性を絶対に決壊させない。

……以上である。


純粋で、セリフと予備校の課題以外は憶えることに関心のない彼は、未だに自分とスザクが三つ年が離れてるカップルだとは
気付いていないらしい。が、スザクは彼の親代わりでもある扇とその妻千草からそれはそれはきつくきつーーーーく、言われていた。

『ルルーシュくんは現在二十歳。あなたは二十三歳。三つ年上のスザクくんなら、いくら成人した子相手だからって……
性欲だけで押し倒したりはしないわよね?』

褐色の肌に温和な笑みがとてもよく似合う彼女が一番恐れていたことは、スザクが薄々感づいていたことと同じだった。
スザク大好きを自称する看板俳優が、大人の経験を迎えてきっと陥ってしまうだろうこと-----------スザク以外のことを考えなくなること。
つまり劇団の運営が疎かになること。そのことだった。

劇団を自分の唯一の居場所とも思ってる舞台係のスザクからしても、ルルーシュが役者として成り立たなくなることは
恐れることの一つだった。むしろ、ここまで役者としてルルーシュが成長できたのは、千草や扇のような人間がいたからだと思うし、
そもそもスザクがルルーシュと出会えたのもこの劇団があったからに他ならない。
であるからして、この盟約は彼と付き合う上で、避けようもないひとつの試練≠セったのだ。




だからスザクは(現在進行形で)頑張った。
一度ルルーシュの誕生日付近の頃にキスをしてしまったが、まあ@の事項で認められていることの一つだったから、まあお咎めはなし。
だが自分自身でもそのキスで得た充実感や気持ちよさひとつで、たった一回の接触で、---------その先である……まあ、
男でも女でも一つしかないのだが、その、……アレを(名称を出すのも控えたい)体の本能のほうが期待してしまうのが怖かった。

歩く時は常に後ろ側で。
ルルーシュからなるべく触れてこないように、袖まくりをしたジャンバーは元に戻してポケットに手を入れる、とか。
むしろ、触れるための間を空けないために歩く時はひどく饒舌になるとか。

……そんな頑張り(=苦労)を行っていた。



けれどそんな行為は瑣末なことだったのか。
勘のいい彼は(盟約を交わしてから最初に迎えた春に)気付いてしまった。



「なんで余所余所しいんだ?」


駅前で、ひと目につかないようグラサンをかけた目に、顔はニット帽で半分以上隠した状態で、
スザクが本当に大切にしたいと思う少年が一口齧ったチョトスを心もとなさげに手にしていた。
堪え切れないというように続けて言う。

「スザクが出してくれたお金で買ったんだから、お前も、食ってみたっていいじゃないか」
「……」
「何で遠慮するんだよ」

------------道歩く時は駅ナカでも人一人ぶん距離を空けるし。
愚痴のように零される。その呟きに『うっ』と良心が疼いた。


(でも約束が)

怖い。
あの誕生日前のキスだってとんでもないことだったのに。それ以上のこと想像したら、ちゃんと自分を抑えられるか自身なくて
つまずきそうになる肩だって支えるのすら恐ろしい。

(約束……)



『ルルーシュくんの様子見ればすぐに解りますからね。スザクくんが破ったって』


影で夫妻が、浪人したルルーシュが今年受かるのが先か、スザクが暴走してルルーシュが劇団を辞めるのが先か?!
……そんな賭けをしてるなんて思いもしないスザクは、千草の言葉に気持ちをぐらぐらと揺らしながら
じっと見上げてくるニット帽を見降ろす。視界に白い手が差しだされる。あっと言う間もなく、ポケットに入れていなかった手は
ひとつの形に絡めとられた。


むす、としたルルーシュの顔。グラサンに隠れているけれど紫電の色が怒りを含んでいるのは解る。
自分のヘタレ加減とそんなことを相手のルルーシュにさせている自分の情けなさを残念に思いながら、
もうここまで押されてしまったら引くに引けないな……、そう思い込ませて、繋がれた手をそっと離し、
スザクのほうから繋ぎ直した。


そして改札を出た後見かけたフードコーナーで『おいしそうだね』と購入し、ルルーシュが最初に齧って
スザクの口元に差し向けられたままであったチョトスを、首を伸ばしてスザクも齧る。
「あ」
驚いた声。目線だけニット帽に向ければ、片手だけで自分の荷物を持つルルーシュが
嬉しさ半分、拍子抜け半分……そして少しの愛しさを込めた眼をして、スザクが齧った部分を見つめた。




「うまいか?」
「うん、おいしいよ」
「そうだろ。さすが俺が一目ぼれしたチョトスだ」

ねずみの王国以外で巡りあえるとは思わなかったよ、と、照れを隠すように話すルルーシュの横に再び立って、
一歩ではなく片足の半歩ぶんだけ距離を詰めて、そっと千草と扇に謝るように駅ナカの天井を見上げた。





(だめみたいです、僕……)