私は枢木スザクが好き。

それをルルーシュに言えたらどんなに楽だったかなあ、と思うけれど、私自身もようやくパートナーを見つけて、
考えられたことがある。----------うん、やっぱり言わなくて正解だったな、と。

(まあ何でも顔に出ちゃう性格だから、きっとルルーシュには卒業する頃には気付かれてたかもしれない。
もしくは枢木さん本人が言ったとか。……う〜ん。それこそない話か)



















某大学芸術学部造形科Cブロック石膏専攻、齢24にして母校の助教授になった枢木スザクの研究室は、
大学の高校生勧誘パンフレットにはこんな長ったらしい名称で紹介されていた。


写真こそは載っていないが、どんな学生がいてどんなことを普段指導し、されているのか。そんなことがガイダンス的にでも
写真で紹介されている。その中に掲載されてある一例で、枢木スザクの顔が隠れ、カレンと唯一一人だけいる研究生の女子二人が
楽しそうに石膏を鑿で崩しているところが、さぞ高校生の関心をひくだろう構図で映されていた。
これだけを見た高校生はきっと誤解するだろうが、赤いツナギを着た学生の隣で黒いツナギ姿のカレンは、教員らしからぬ
姿をしていただろう。だが、その写真を撮った時、カレンの目の前にいた枢木スザクこそが一見教員には見えない朴念仁なのだ。


未だに義務化されているネームプレートも下げているところも見たことがないし……。何よりそのピントがずれた写真が物語ることは
枢木研究室の客観性であった。
石膏に戯れる学生、鑿を手にしながら顔についた粉を拭うカレン、その二人の向かい側で(映ってはいないが)ギリシャの彫刻作品の
図版を広げて解説する教員スザク。……もっと学生が憧れるゼミの光景≠ニした威厳さがあればよかったのだが、
これではただの姉妹(?)二人に緑色のツナギを着た男が絵本を読み聞かせている&洛iにしか見えない。


たまたま教務課で支給されたそれを見たルルーシュとシャーリーは、何がそこまで可笑しいのだろうかカラカラと肩を揺らしながら
そのことを指摘してきた。確かにこの写真を見ただけではそうとしか見えない構図……っ。自分のことなのに
どこか別人のように自分とスザクと研究生の姿がそう思えてきてしまって、我知らず恥ずかしくなって赤面したのが
スザクの助手になって半年を過ぎた秋の頃。

今はもうスザクは作家活動をやめて、教職に居ることに専念している。大学も某大学から
車で数分行った距離にある国立短大に籍を移してしまった。
先に言ったことだが、既にカレンもパートナーが居る。もうルルーシュたちを見ても胸を苦しくしたり
スザクの優しさに勘違いしたり、舞い上がったりもしない。ただ振り返って思うことは一つ。……いや、後悔してることの一つ、と
言ったほうが正しいだろうか。












(-----------手、だ)




作家をやめてしまったから、工具や画材が占領することができない、もうルルーシュ専用となってしまった、彼の右手。
某大学の造形科にも彼のような出世道を歩くことを憧れた学生は多かっただろうが、きっと触れてみたら
大変なご利益があるような気がする。それはカレンも思う。


そう、カレンは一度スザクの手に触れてみたかった。


家ではきっとルルーシュが普通に触れているだろう、そのスザクの手に。

実は、スザクの助手も友人であることも離れてみて唯一後悔していることといえば、それなのであった。





















そもそも、枢木スザクの助手時代……カレンはよく彼の恋人と勘違いされることがままあった。
先にあげた大学のパンフレット撮影の時もそうだ。インタビュアーと編集者、そしてカメラマンの三人一班で実技室に取材に来たのだが、
その中の紅一点、人好きのする笑みを浮かべた編集者から、あれそれこれ取って、とカレンのほうに指示をするスザクに
『随分と気ごころが知れた関係なんですねえ』とこっそり言われた。そ、そんなまさか!助手と教授がそんな関係であることなんてないし、
そもそも私があの人の助手になったのは、第一候補だったどこぞの院生がべらぼうに絵が描けなかったから、
手ごろな感じに何でもできる私が第二候補として選ばれただけなんですよ!選ばれただけなんですからねっ!!カレンのその時の
否定のしっぷりは物凄かったと思う。気持ちはわかるけど……とさすがのスザクも苦笑していた。そうか。ルルーシュの名前を
出したのは裏事情過ぎたか。


けどカレンが考えるに、気ごころが知れたように見えるのは、高校生の頃からお互いに面識があって
三か月に一度くらいは会っていたから……。藤堂とカレンの祖父が知り合いだったからという、たまたまの話なのである。
それにスザク本人もカレンを助手に指名してきた時零していた。----------少しくらいガサツなのがいい、と。


ん?ガサツ??




『いやー、普段几帳面を服に来て歩いてるような人と生活してるからさ。カレンさんの大らかさというか、研究室が散らかってても
怒らない気前の良さとか。すごく救われてるよ』
『へ、へえ……』
『なのに大事な資料とか図版とか、教務の人が勝手に置いてく書類とか、ちゃんと整理しておいてくれてありがとう。
やっぱり女性はもともとそういう面で気が利くのかな?』

さ、さあ……とよそを向くところで、我知らずもう顔は赤くなっていた。
世間の女性がどんなものであるかなんて関心は全くないが、実はカレンもそれなりに助手として頑張ったという実感はある。
恋人と見られるのもいい。
高校の頃からの付き合いの延長でもいい。
ただその空気に触れて、今みたいな、何気ない感謝を向けられる存在であればいいのだ。そういうものになりたくて
彼の助手でいる二年間は頑張った。

そのおかげか知らないが、彼が見てくれた院の卒業制作と論文では優の評価を頂けたのだが、
まあそんな結果は話としては蛇足である。カレンが助手として振り返って思うことはたった一つだ。

(手に触れたい)

なんて、
多分、
---------あの黒髪の腐れ縁が聞いたら、憤怒するカレンのささやかな希望だろうが。















今日は卒業生のOB、OGたちを集めた親睦会が造形科の研究棟で開かれていた。
枢木研究室の唯一のゼミ生にして、卒業後もスザクと同じ道を選んだ学生から、カレンは先日突然電話を受けた。
『学部の数人と造形の院生全員でお花見でもしようと思うんですけど、カレンさんも先生と是非ご一緒にどうですか』
学生の頃はせんせぇ≠ネんてスザクを間延びした呼び方で呼んでいたのに、院生になって自分も授業をするようになってから
随分と言葉づかいも大人らしくなった。
カレンはその電話を受けながら、自分と先生----と、枢木スザクとセットでひと括りされてることに少し喜んだ。
だがしかし、今はルルーシュも留学から帰国してきて、彼らのマンションの部屋は部外者以外絶対立ち入り禁止区域≠ノ
設定されてある。何となくシャーリーと二人で「寄りつかないほうがいいよね。そっとしといてあげたほうがいいよね」と
つい先日申し合わせたばかりなのだ。そして幸いなことにカレンもシャーリーと遊びに行ったりなんだして
彼らのことを考えずに居られた。……の、だ、が。そうか。親睦会か。
(確か造形のA、Bブロックの学生は、やけに枢木ゼミの希望者が多かったわよね)
若くて、気性は穏やかで、真面目でさえあれば滅多に怒ったり単位を剥奪したりしない、と周りの学生に知れ渡っていたスザクの
ゼミ室には、学部三年次からの専攻分けをする時、随分と希望者が集った。だがカレン同様、枢木スザクは安易に石膏を選択してくる
学生たちにある課題を与え、細かい網目にでかい石つぶを乗せるかのごとく、大きなふるいにかけた。
その結果、切磋琢磨し程よく摩耗された学生が赤いツナギが特徴の唯一残った学生であり、今、カレンに誘いをかけてくれる
カレンにとっても妹のような女性なのである。
彼女がなぜ枢木スザクの眼鏡にかなったかというと、スザクも成しえたことがある襖絵を一年次の課題で日本画の教授へ
提出していたことがあったからだ。
あれ見てください、これ見てください、と作品を持ってくる学生たちを選考していく中で、彼が着眼点に据えたのは
選考のために作って来た作品はどういうものか≠ナはなくこれまでで作って来た作品の傾向はどんなものか≠ナあった。
カレンは個々の成績表と書類を見ながら、うんうん唸りもせず至極無表情にコーヒーをすするスザクの横で、
また随分と珍しい選考基準だなあ、と思った。だが、『若いうちから昔の伝統にならった作品を作れる子は、きっと作家としても大成する』と
彼は言っていて、それは最もだち思った。つまりスザクは大学の四年間だけ制作に費やす学生を見るのではなく、
卒業してからも芸術の道でしか生きてけなさそうな学生を見たかったのだ。
-----------現に、彼女は枢木門下の最初の学生として、既に学内でだが展覧会を開いている。
師弟と作品を並べて歓喜する様を卒業直前に見たカレンは、自分も絵画か造形でも作れたらなあ、と少し悔しく思った。そして
同時に、スザクの外見とは反した芸術への真面目さ、教員としてのプライドの高さにまた感銘を受けた。
(だから枢木さんが教授を辞めたのはかなしい)
そうだからこそ、こんなお誘いがかかってくるのだろうが……。きっとこの元ゼミ生もスザクに会いたいのだろう。
誘いを受けた電話の向こうで犬のように尻尾を振るってるのが解る。それが何だか微笑ましく思えて
『いいよ』とふたつ返事で承諾してしまった。枢木さんには私から連絡をいれておく。まあ、ルルーシュと二人きりがよくても
たった一日くらい予定を空けてくれるだろう。そう思って。いやむしろ、一番会いたいと思っていた心で願ってもいた。

これは口実。

別にルルーシュが憎いわけではないが、たまには学生と教員の水いらずで過ごす日があってもいいものだ。
カレンだって一応助手ではあったけれど、彼に指導をあおいだ学生であるのだから。




















電話では何だか恥ずかしかったので、簡素としたメールを三日前にパソコンへ送っておいた。そうしたら一日も置かずに
返信が来ていた。おそるおそるメールを開いてみたら誘いの返事はOKだった。簡素としたカレンのものに返されたそれも
当然簡素としていた。スザクらしい。けれど末尾には少し不穏なことが書き連ねられていた。どうやらスザクは今バイクを点検に
出してしまっているらしい。

『こちらでの講義が終わったらすぐに向かいますが、みんなが盛り上がっている頃に遅れてしまったらすみません。
できるだけタクシー捕まえて行きます』

……それなら、ルルーシュにでも車を回してもらえばいいのに。免許だって国際のものからもうこちらのものへ更新しているはず。
カレンは『迎えに行きましょうか?』と枢木のそのメールへ返信したが、それから花見の当日まで彼から答えがくることはなかった。
やはり丁度あちらの大学も忙しい時期らしい。
週休二日になってやっほーい、と喜んでいたくせに、結局その休みも別の仕事におされてろくに休めていないらしいし。
そんな多忙なスケジュールの中で自分たちと過ごすために時間を作ってくれて、感謝したい気持ちだった。
カレンは柄にもなくカレンダーの日付を確認してみたりして、その親睦会の日がやって来るのを楽しみにしていた。



















親睦会、いや、花見?……とにかく造形のOBとOGが集まって飲み会をする当日。
場所は大学の敷地内で、丁度史学と造形のスロープを渡っていった先にある中庭で行われることになった。
カレン自身もスザクほどではないが仕事で遅れてしまって、駆けつけた時には半分の学生や院生が酒乱状態だった。
それに半ば苦笑しながら更に追い打ちをかけるかのごとく、祖父に頂いたまま倉に押し込めてあった日本酒を
一升瓶まるまる持ってきて、リーダー格の学生へ進呈した。
まさかこんな泥酔連中の中で自分まで乱れることはできない、とこの時になってカレンは感じ、自分は麦茶とサイダーで
適当に割ったものをちびちびと飲んでいて、それとなく学生たちの話題に入って時間を潰した。

……中々スザクは現れない。
カレンも遅れてきたから人のことは言えないが、もしかしたら事故にでもあってるんじゃないかと不安になってくる。
何故か体は頑丈で運動神経もあるはずなのに、スザクはよく怪我をした。学生の頃の大けがもそうだし、
ルルーシュが留学する前に病院にも通り魔に襲われたからといって運び込まれた。
まさか、今日も……なんて、考え過ぎだろうか。

そんなことを悶々と嫌なほうへ嫌なほうへ考えているカレンへ、向かい側で、既に夜桜となってしまった桜を見ながら
声を掛けてきた学生がいた。彼はなぜか眩しそうに目を細めて自分を見てくる。
「?」
首を傾げて、彼がちょいちょいち手招いたその隣へグラスをもって腰掛けた。
「先生、来ないんじゃないですか」
「えっ」
「枢木先生。……前も学内誌か何かで見たけど、今は美術館の職員と提携して、子どもたちに絵を教えてるらしいじゃないですか」
へえ、そうなの、それは忙しいでしょうね……。そんな近況は寝耳に水だった。だが学生は、いやもう院生か。
枢木ゼミに入れなかったその院生は更に言葉を続ける。
「こんな年になると考えるけど、やっぱり枢木先生はほんとに先生≠チて感じだよな。小学校と中学校とかまともに通ってなかったって
いつだったか本人から聞いたけど、それでもそんなこと関係なくて、何となく先生でいらっしゃることが当然のように見えてくる」
「そうだね」
「おい、武田。枢木ゼミの唯一の学生で門弟だったお前はどうなんだよ。先生とはお会いしているのか」
彼がビールをん、と差し向けた先。
ぼうっと空を見ながら上気した頬を冷めさせていた学生、既に院生になった妹分のような彼女が、
はっと目を見開いてこちらを見てくる。
その横でぼんやりと耳を傾けるカレンを見つけて、師匠同様、何故か寂しさを感じさせるようなクシャリとした笑顔をして
手の中にあるビールをからからと揺らして、言った。
「会ってないよ。ていうか、会わない。もう先生と生徒には戻れないしね……。こんな風にみんなとっていうのはいいかもしれないけど、
二人でっていうのは何か違う気がして、会おうとは思えないんだ」
「……」
「どうして。武田のこと先生すごく買ってただろ。展覧会にだって誘ってくれたりしないのかよ」
「やだそんなの。ていうかせんせぇ、そういうのすごい嫌うよ。自分だって自分のお師匠さまからは何もしてもらわなかったって
言ってたし。親の七光的といおうか、師匠の七光的なものは与えない主義の人だから。……私の活躍だって新聞とかで見るだけで
充分なんじゃないのかな」
「いいのかよ、お前、枢木先生のこと大好きなのに」
「いいよー。だってせんせぇにはせんせぇの大事なものがあるし、いくら生徒だからって大事にしてもらっても、それは
学内でだけの話でしょ?私知ってるもの、せんせぇがプライベート干渉されたくない人なの。だからいいんだ。
ほっといてくれていいんだ。ほっとかれるのがいいんだ。……会いたい時は、また宴会を開けばいいし」
奥の、奥まで追求してこようとする友人に対してそれだけ言うと、彼女はへらへらと笑いながらまたぐびっとビールを煽って、
正面からばたんっとビニールシートへ倒れ込んでしまった。
「ちょっ、あ……!」
「いいんですよカレンさん。こいつ、これだけ考えてて……でも先生に会いたくて、今日の飲み会企画したんですから」
「でもその枢木さんは----------」
「しょうがないですよ。時期が合わなかったんです。今度は夏にバーベキューでもする時に。その時にまた誘ってみますって」
倒れ込んだ学生の肩に薄手のショールをかけながら、カレンの反対側に座っていた絵画の学生がえへへと笑う。
彼らだって彼女同様、スザクに会いたくて今日集まったのだ。
それがなんでどうして彼だけがこの場に居ないんだろう。

カレンは------------。


「ちょっと、走ってくる」
「え?」
「待ってて。すぐ戻ってくるから」

もしかしたらもう近くまでタクシーで来てるかもしれないし。
カレンはじっと座ってることなんかできなくて、シートから立ち上がり、履いてきたミュールもそのままに、スカート姿で
芝生の上へ駈け出していった。




『いいよー、別に。会いたくなったらまた宴会を開けばいいんだし、せんせぇが干渉されたくないの知ってるし……。
ほっとかれるのがいいんだ』




(私はいくら枢木さんが好きでも、そこまで割り切ることなんてできない)




会いたくなったらシャーリーを巻き添えにしてでも短大のほうへ行くし、
学生からのお願いがなくてもメールだってしてた。女から男へ誘いをかけることに恥ずかしさなんて何も抱かなかった。


枢木ゼミの唯一の学生のように物分かりよく彼との距離を計るなんて、そんなことはもう卒業する前にした告白でケリをつけた。
思えばもうあの時に全部の勇気を使ってしまったのかもしれない。あの枢木スザクに面と向かって告白なんて、
ルルーシュさえ成し得なかったこと、---------それをしてしまえたのはあの時よっぽど切羽詰まってたからだ。
それと、カレンは父のようにスザクを尊敬しているのではないこと。
手に触れたいのだって、学生でのご利益とか、もっと手が器用になるんじゃないかとか、期待する気持ちから出た
欲望ではない。

そうだ。やっぱり学生とカレンとでは違う。やっぱり自分はパートナーが出来た今でも
枢木スザクを思う気持ちは変わらない。どうしたって視界の隅にはいつも彼が映る。



(ルルーシュに写真をからかわれたこと……)

まるで父親に読み聞かせを受ける子どもみたい、なんの邪心もなく言われた一言が未だに胸を苛む。
自分は一見親友のような関係に見られるからって。そしてそれにも満足しているからこそカレンをからかってくるんだということ、
よく解っている。
悔しさがどんどん増していく。もうその時から。
じくじく、じくじくと。その感触があまりにも強いから、だから今は走り出すことができる。より強く、早く。


「っ……、あ」

目指した先はあてどなく、気付いたら行き着く場所もなく、いつもながらの大学の門の前に居た。
やっぱりそれでも視界の先にくせっ毛は見当たらなくて、スザクは来ていないことを知る。携帯を見ても何の着信もなかった。
悔しさにくちびるを噛む。春だからといって外はもう真っ暗で風も随分と冷たくなってきた。
ぞくりと背筋を震わせる。
---------もういいや、そう思って中庭の学生たちがいるほうへと戻ろうとした時。いきなり吹いた突風が、
細身の体を揺らつかせる。何だ何だと思って風が吹いてきた先を見たら、声がつまって、悲鳴もあげられなかった。
校門の前から学内へと戻るカレンがいる位置へとどこから持ってきたのかしれない廃材を飛ばしてきたのだ。
(嘘)
きっと木工室かどこかの物置の扉が閉められてなくて、開け放たれた隙間から零れたものだろうと思う。
咄嗟にカレンは身を縮めさせたが、すぐんガツンッという衝撃が背中と首に当たった。学生たちは酒が入っていて
暫くは気付かないだろう。まさかカレンがこんな場所で、風が運んできた木材に体当たりされて倒れてるなんてことは。
(嘘でしょ……)

瞑想に迷走を重ね、思わず膝をついた脚からバランスを崩れさせ、その場に倒れ込んだ。
背中を思いきし強く当てたからだろうか、後頭部がガンガンと痛くなってきている。
これはもう意識を飛ばすだろうな----------そうぼんやり考え始めていた。悔しさが空しさに変わり始めてきていた。
結局こんな役回り。
空回りも同然じゃないか。そうか……。































「カレンさん」






春一番が通り過ぎ、夜らしい生ぬるい風が辺りを包み始めていた。
手のひらに何か新しい感触がする。味わったこともない温もりが元気づけるように握られる。
ふと、自分を呼ぶ声に目を開けたカレンは、まずこちらを覗いてくる翡翠にかち合って、それが誰のものであるかを理解した瞬間
声を失くした。
「大丈夫?裏道から僕入ってきたんだけど……驚いたあ。カレンさん一直進に校門に出てきて、どこからか飛んできた廃材に
ぶち当たるんだもん。新しい遊びかと思った」
(そんなわけないでしょ……)
冷たいコンクリートの床から抱え上げてくれたスザクはその腕で、カレンの右手を掴んでいた。
酷い言い様です、と言おうとして口を開いたカレンにスザクは『お酒飲まなかったんだ?』とどこか場違いな声を掛けて、
(そんなの、私だけ一人で酔うことなんかできませんって-----------)
そう、言いたかった。
けど思いもかけず手を握られて、まずそちらのほうに気をとられた。スザクのきつく握ってくる指の感触が、
少しだけザラザラとして心地いい。もっと味わいたくて、力の入らないはずなのにぎゅっと込めて、握り返した。
「待ってたん、ですよ。私……」
「----------」
「ずっと。造形の研究室の配置が変わってるのみて切なくなって、だから会えないかなって思って。でも」


(他の子とは違うの)


それだけ伝えて、スザクの握られた手をカレンも離さないまま、瞼を下ろした。
中々返ってこないカレンを心配に思って、中庭にいた数人の学生が校門のほうへとやって来る。
「あ、せんせぇ」
「あれ!どうしたんですか、カレン先輩」
荷物を肩に下げたまま、腕はカレンの体を抱いて立ち止っていたスザクを見て、学生たちは酒も入っていたからか
ニヤニヤと笑って、元某大学の造形助教授を見た。だがスザクはすぐに表情を元に戻して、何の感情も浮かべてないような
翡翠で赤髪を見降ろして、そこにたんこぶが出来てるのを見つけてその時初めて口元を綻ばせた。
武田、と先ほど呼ばれていた元ゼミ生がスザクの横に座る。
スザクはカレンを起こそうとする彼女の前で『しぃ』と指を一本立てて、軽くウインクをした。
まるで口外しないように≠ニ示し合わせてもいるかのようなスザクのアクション。
それを見ていた学生たちは酔いが徐々に醒めていくのを感じて、ようやく主役であるスザクがやって来たのに
『もういい時間だから』と、その場で飲み会はお開きになった。






























「全く。会議を途中で抜けだして何処に行ったかと思えば、何やってるんだお前」
「うーん、まさか渋滞に掴まるとはね。いやいや、でもお花見のシーズンを馬鹿にしてたよ。もっと早くに出たら
間に合ってたかもしれないのに」

……瞼を閉じていても、視界が赤く感じるほど外の電気は強く眩しい。カレンが眠る横で誰かの話声が聞こえる。
だけどその誰か≠特定したくなくて、ずっと目を閉じたままでいた。そうしたら、額に乗せられてたらしいタオルを
取りかえられる。誰だろう、と思って薄目を開けたら、至近距離でスザクの顔が見えた。
「じゃあ、紅月の家には俺が連絡しておくから……」
「うん。よろしく」
「襲うなよ」
「襲いませんって」
硬質なその声に珍しく、からかいを半分以上込めた明るい声ですごい発言を落としていった人物は、
それだけ言うとクスクス笑いながらパタンと扉を閉めて、静かに立ち去っていった。
なんだ、やっぱりルルーシュか……と思って、ずきずきと痛みはじめた額を隠すように、掛け布団の端を持上げる。
そうしたら『ちょっと待って』と言われて、胸の下がすっと掬いあげられるような気がした。バレてる。起きてるとバレてる。
スザクが次にどんな行動に出るのか解らず、丸めた両足と縮めた体に変な力を入れて怯えていたら、
布団の下から手を掬い取られた。適度に温かい、乾いた体温が布団の下に入ってきて、一回り小さいカレンの手を
下から持ち上げるように手にとってくる。
(まさか……)
二度も味わえるなんて。少し至福だった。頭は廃材に激突して痛いけど、この感触があれば大分生きていけそうな気がする。
例え金輪際ルルーシュと別れることはなくたって。

「……くるる、ぎ、さん」
「うん?」
「こんなの、してくれて、どうしたんですか」
「……」
「私、困っちゃいますよ」
「……あー、うん、そうだよね……」

握り返した手をまた臆病になって布団の中に戻そうとする。けれど引き留められるように引っ張り返され、
うぐうう、と変な呻き声をあげてしまった。

「さっき、触れてみて、意外にカレンさんの手が綺麗だってのを知った」
「……それほどでは」
「ううん。器作る人はみんな綺麗だよね。だからさ、何か触ってみたくなっちゃって」
「はあ……」

片手で持っていた手に、挟むように上からまた手を重ねられる。
布団にもぐって感触だけを知るそれに、おもわず涙まじりに赤面して、声も出せずにシーツに染みを作ってしまった。
その後に続けられる言葉を予想してしまったから余計に。


「ルルーシュの手も、こんな感じで」




(……ああ)

そう言えば彼と大学で再会した時、まだ紹介してもないのにルルーシュのことをスザクは知っていて、
カレンは驚いた。どうして知ってたの?と訊いたら、今と同じような言葉を返されたて。
自分とルルーシュが付き合ってたことも言い当てられて、驚いたと同時に無性に呪わしくなった。


『手の綺麗さが似ている』




だから貴方の手に触れたいって思ってたのに。